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三国志49 天下三分の計の巻 

劉備は声をかけて起こそうとした諸葛均を止め、孔明が起きるのを待つことにします。

やがて日がかげってきました。
外で待たされていた張飛はイライラして中を覗き、劉備を待たせて孔明がのうのうと寝ているのを見ると怒り出します。
しかし、劉備はそれをたしなめます。
すると、孔明が起きました。
劉備が来ていることを聞くと孔明は着替えて出てきます。
孔明を見た劉備は驚きました。
孔明は劉備よりもはるかに若かったのです。

孔明は待たせた無礼を詫びて部屋に招きいれ、手紙を読んだが自分は若輩で才もなくとても役にたてそうにない、と断ります。
しかし劉備は漢室再興と苦しむ民を救うための熱い想いを語り、孔明に自分はこれからどうしたらいいのかと教えを請うのです。

すると孔明は曹操を倒すためにはまず、東の孫権と結び、荊州を支配下に治めていずれ機会を見て西の益州(蜀)を手に入れ、北は曹操に東は孫権に譲り、天下を三つに分けてから対抗するという天下三分の計を説くのです。
劉備は荊州の劉表も益州の劉璋も同じ漢王室の一門でそれを倒すなどということはとうていできない・・・と不安を口にすると孔明は劉表は天文にもうすぐ命運が尽きることが出ているし、劉璋は悪政で民の不満が高まり、荊・益両州はいずれおのずと将軍(劉備)の手に入ってくるでしょう・・と言うのでした。

これまで天下統一して民を救いたいとは思うものの、自分の領土も持てずただ劉表の客でしかなく、何をしたらいいのかも分からなかった劉備はその話に感動し、改めて孔明に自軍に来てくれるように頼みますが、孔明は自分には百姓暮らしが似合ってるのだと頑なに断ります。
すると劉備は孔明に来てもらえなければ漢室再興も叶わず、民の苦しみが続くばかりだと言って泣くのです。
孔明はその涙に心打たれ、とうとう劉備に仕えることを決意したのでした。(泣き落とし?)

こうして孔明は隆中を出て、劉備に仕えることになりました。
隆中を出る際に弟の諸葛均に自分が戻ってくるまで畑と家のことを頼んでいきますが、最後まで孔明がここに戻ってくることはかないませんでした。
この時劉備47歳、孔明は27歳でした。

孔明は自分で梁父吟という歌を作ってよく歌っていたといいます。
その内容は斉の宰相・晏嬰が、2つの桃で3人の壮士を殺したという逸話を歌ったものです。
前々回に少し出てきた、管仲・楽毅、そして晏嬰は全て君主を補佐した人物であり、これは孔明自身も自ら英雄になるのではなく、誰かを補佐する立場になりたい・・・という気持ちの現れであったとされています。

孔明は三顧の礼の少し前に結婚もしています。
黄承彦という地元の名士の娘でしたが、この娘が色が黒くて髪が黄色であったということから醜娘であったとされています。
このことから『孔明の嫁もらいを真似するな』という歌ができたとか・・・。(ヒドイ!)
しかし彼女は大変な才女で、その知性を孔明が気に入って嫁にもらい、孔明が後に発明したとされる木牛流馬なども彼女の発明だったという説もあります。

まぁ、とにかくこれで孔明は劉備の元に行くことになりました。
すると次回早速孫権・曹操が攻めてきます。
天下の奇才と言われる孔明ですが、これらにどう立ち向かうのでしょうか・・・。

どっちと結婚したい?
■美男あるいは美女だけどあまりオツムのよろしくない相手
■見た目はあまりよろしくないけど、とてつもなく天才

案外天才と結婚したりすると苦労もあるかも。。。

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[ 2005/12/14 15:29 ] 三国志41~50 | TB(0) | CM(6)
無双じゃなくて、演義での名前だとありますねー。
スミマセン。
しかも黄承彦の養子だった!?
初耳です。
墨を塗ってたという一説も・・・。
[ 2005/12/15 21:46 ] [ 編集 ]
ので、黄月英をグーグルで調べてみました。
「こうげつえい」って読むんですね。

この人中国人でなかったので周りから悪く言われた
みたいですね。シルクロードを渡ってきたとか。

インドか中東の人だったのかな・・・
それだと肌が黒いのも頷けます。

インドは美人が多いってよく聞きます。
実は美人なんじゃないのだろうかと思えてきました。
[ 2005/12/15 21:39 ] [ 編集 ]
確か黄月英という名前は三国無双での名前だったと思うのですが・・・。
黄夫人の名前に対しての記述がないので、作られたということだったような気がします。
でも今じゃ結構一般的になってますよね。

実は美人説・・・秀吉さんがおっしゃるように美人の基準が違うからわかりませんよね・・・。
髪が黄色っていうのだって、今でいう茶髪でしょ?
茶髪で色黒の美人の人なんて現代ならわんさかいるし・・・。

孔明の子どもは私の記憶では、呉の諸葛瑾から養子をもらって(そのことによって次男から長男になったということで字を変えたという子。ゴメンナサイ、名前忘れました。)そのだいぶ後にもう一人子どもがいた・・・ような気がするのですが、その子も養子だったんでしょうか??
正史系と演義系によって違うのかもしれませんね。
スイマセン、記憶があいまいで・・・(;´Д`A ```

孔明はやはり武力はなさそうですね。
でもそれを補ってあまりある知力でカバーですね♪
まさしく魔法使いです(ー) フフ
[ 2005/12/15 21:28 ] [ 編集 ]
黄月英は、周囲を欺くためにわざと醜女を装ったとも言われ、実際は美人だったというお話しもあります。。。
ま、実際のとこはわからないですけどね・・・
だって、昔と今じゃ、美人の基準が違うから・・・

日本の平安時代の美人と現代の美人の基準が違うのですから、ましてお国が違うのでなおさらです。。。


[ 2005/12/15 16:19 ] [ 編集 ]
黄月英と孔明の子どもが生まれてたら、
さぞや・・・。うーん。もったいない。
諸葛瞻はたしか、嫡子じゃなかったですもんね?
[ 2005/12/14 23:45 ] [ 編集 ]
知らなかった・・・しかも相手が美しくないとは。
でも才女だったってことは子供も天才?

いよいよ孔明の戦いが見れますね。
ゲームでは孔明は武力が高くありません。
それでも戦場で大活躍します。
ロールプレイングゲームでいうなら
魔法使いみたいな存在です。
[ 2005/12/14 22:56 ] [ 編集 ]
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私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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