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三国志44 軍師 単福の巻 

劉備がある日領土を散歩していると一人の男が歌を歌っています。

山谷に賢ありて明主に投ぜんと欲す
明主は賢を求むれど却って吾を知らず

(山に賢人がいて良い主に仕えたいと思っていたが、主は賢人を求めているのに私のことを知らない・・・というような内容ではないかと。)

これを聞いたとき、劉備はこの男が伏竜か鳳雛ではないかと思います。
それでこの男に声をかけるのです。
しかし彼は自分は伏竜でも鳳雛でもなく単福(ぜんふく)という名前で、新野城主の劉備が賢士を探していると聞いたがなんのつてもないので歌って気をひいていたのだと言います。
そして劉備の乗っている馬を見て、この馬は額に白い斑点のある的盧という凶馬である、これに乗っていると悪いことが身にふりかかるといいます。
劉備がこの馬は以前自分を窮地から救ってくれたのだと言うと、それならまだ祟りは残っているから誰か他の人に譲り、その人が祟りを受けてから引き取って乗ればいいのだと言うのです。
それを聞いた劉備はそんな人を陥れるようなことはできないと怒ります。
すると単福は笑い出し、劉備が徳のある人物だと聞いていたのだがそれが本当かどうか試したのだ、これからは劉備のために自分の知恵の限りを尽くして仕えたいと言い出すのでした。

単福を劉備陣に迎えると単福は早速軍の訓練を始めました。
その見事な采配に劉備はを目を見張り、彼を二千の劉備軍の軍師にするのです。

その頃曹操は荊州の国境に近い樊城に曹仁ら三万の軍勢を置いていました。
しかし、劉備が軍事訓練を始めたことを知って危機を抱き、五千の兵で新野を攻めてきます。
しかしこれはあっけなく単福の挟み撃ち作戦にあい、負けてしまうのです。

怒った曹仁は二万五千の兵を引き連れて新野を攻め、八門金鎖と呼ばれる陣をひきます。
これは休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門から成っており、生・景・開門から攻めれば利あれど、傷・驚・休門より攻めれば傷つき、杜・死門から攻めれば生きて帰れぬ・・・といわれる難しい陣でした。
それを見た劉備はとまどいますが、兵法に精通していた単福はこの陣は東南の生門から突入して西の景門へ駆け抜ければ崩れる・・・と趙雲に5百騎を率いて駆け抜けるように指示します。
趙雲がその通りにするとものの見事に陣は崩れ、そこを劉備が総攻撃をかけ、大勝利を収めるのでした。

一旦は逃げた曹仁でしたが巻き返しをはかるため夜討ちを考えていました。
しかしこれも単福に見抜かれていたのです。
夜討ちのつもりで攻めたはずが、逆に待ち構えられていて命からがら樊城に戻ろうとするとそこには関羽が先回りして樊城を乗っ取っていたのでした。

こうして劉備は単福のおかげで曹操から樊城を奪うことができました。
(もしかして曹操に勝つの初めて?)
劉備は兵法を知る軍師の力というものを身をもって知ったのでした。

相変わらずの弱小劉備軍ですが、今回は曹操に勝っただけでなく城まで奪うことができました。
さて、今回誉めてあげるとしたらどっち?
■もちろん単福
■たった五百騎で二万五千の曹仁軍の中に飛び込んでいった趙雲

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[ 2005/12/08 16:17 ] 三国志41~50 | TB(0) | CM(2)
いたおさんの記憶にないのは当たり前です。
なぜなら・・・単福とは偽名だからです。
次回本名が出てきます。
武力よりも知力のが高いと思います。

張飛・・・影薄くなりましたねww
[ 2005/12/09 22:25 ] [ 編集 ]
えーと、その方、能力高いですか?
知力と武力どっちが高いですか?
単福さん・・・イカン、私の記憶にない!

今回の話を見る限りでは只者ではないようですが
うーん、所詮私の知力はここまでか。

関羽も趙雲も大活躍ですね。
趙雲の登場により張飛の影が薄く
なってしまったのは気のせい?
[ 2005/12/09 00:28 ] [ 編集 ]
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私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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