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三国志42 髀肉の嘆の巻 

荊州に逃げ込んだ劉備は劉表の計らいで荊州の片田舎の新野というところに駐屯していました。
その頃、第一夫人の甘夫人が劉備の子を産みます。
甘夫人が北斗を飲み込んだ夢を見た時に身ごもったということでその子は阿斗(のちの劉禅)と名付けられました。

この頃、劉備がトイレに立った際に髀(太もも)に肉がついているのに気が付き、涙したといいます。
馬に乗っているとそんなところに肉はつかないのですが、長いこと馬に乗らない生活をしているとそういうところに肉がついてしまうのですね。
それで劉備が『自分は功業をたてねばならぬ身なのに何もできぬまま月日は流れ老いが忍び寄ろうとしている・・・』と嘆いたといいます。
これを『髀肉(ひにく)の嘆』といいます。
現在では功名を立てたり力を発揮する機会にめぐまれない無念さをいうのだそうです。

しかし劉備は三国演義では主人公ですから、そんな心配しなくてもちゃーんと次の波乱が待っています。

その頃荊州では跡継ぎ問題でもめていました。
劉表の先妻の子である劉キ、それから現在の妻の蔡夫人の子である劉。
劉表が劉備にそのことで相談すると劉備が長男である劉キを薦めた為、これを知った蔡夫人と弟の蔡に恨まれることになってしまうのです。

ある日、劉備は荊州での宴に招かれました。
しかも劉表の具合が悪いので劉備に主人役をつとめて欲しいとのことです。
この誘いに劉備陣の人々は蔡の策略の気配を感じました。
日頃から劉備に恨みを抱いている蔡が劉備を呼び出して暗殺するつもりなのではないかと疑います。
かといってこれといったちゃんとした理由もないのに断ることもできません。
それで趙雲が劉備の護衛としてついていくことにしたのです。

宴会の途中、伊籍という劉表の部下が劉備に近づいてきて蔡が劉備の命を狙っている、西門以外は見張りがいるから西門から逃げるようにと教えてくれます。
劉備はそれを聞くとトイレに行くふりをして、そのまま馬に乗り逃げました。
すると劉備の前に流れの激しい大きな川がありました。
その川の向こう側が高い崖になっている為、西門には見張りがいなかったのです。
すぐに蔡が気付いて軍を率いて追いかけてきています。
前方に崖、後方に蔡のまたもや劉備のピンチです。

さて、ここで問題です。
劉備は今までに何回泣いたでしょう。
■5回以下
■6回以上
ごめんなさい、正解は分かりません。
すぐに思い出せるだけで3回は泣いています。
これからも彼はよく泣きます。

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[ 2005/12/06 12:38 ] 三国志41~50 | TB(0) | CM(3)
調べてみました♪
劉備が生まれたのは161年です。
黄巾の乱が184年ですから23歳で旗揚げですね。
劉備が蜀を手に入れたのが214年で53歳。
皇帝になったのは221年ですけど、30年というとこでしょうか。

スケベな趙雲、気になりますね。
もしかして・・・趙高とか・・・。
始皇帝の宦官です・・・関係ないか・・・。

あなろぐさん、大丈夫ですか??
確かにバイオリズムってありますよね。
アタシはただ単に暇なだけです(-_-;)
下書きは別の日にすでに書いていましたから・・・。
[ 2005/12/06 23:56 ] [ 編集 ]
相変わらず量質共にすばらしい更新具合ですね。
尊敬します。わたくしはこの2日日記を書く気力が
ありません。
周期的などんより期間にと突入してしまいました。
ビタミンが足らんのでしょうか?
[ 2005/12/06 23:01 ] [ 編集 ]
私もたいした功績をあげないうちに肉がついてきました。
劉備は旗揚げしてからどのくらいで蜀を治めたのかな。
私もそれまでに成果を出すことを目標にしましょう。

劉禅は知ってますよ。武力、知力ともに恐ろしく低い。
魅力だけ妙に高かったような。蜀の行く末が心配です。

追い詰められた劉備。
護衛についた趙雲の活躍か?
スケベなのは謎のまま…私の聞き違いなのだろうか。
[ 2005/12/06 21:51 ] [ 編集 ]
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三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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