FC2ブログ

三国志25 劉玄徳 献帝に拝謁の巻 

曹操は徐州を部下の車冑に任せ、劉備を一緒に許都に凱旋させました。
これには劉備達を許都に閉じ込めて徐州も自分のものにするというねらいがあったのです。
しかし劉備も、帝を擁している曹操には逆らうことができず、おとなしく許都に付いていき、そして初めて献帝に謁見します。

劉備は献帝に問われるまま、自分が景帝第七子の末裔であると説明します。
献帝は皇室の系図を取り寄せ、臣下に命じて確認させました。
周りの人々は驚きました。
劉備が帝の親戚だとは知らなかったのです。
(以前にその話が出てきた三話はこちら)
献帝も劉備は叔父にあたるから劉備のことを劉皇叔と呼ぶようにと周りに伝え、毎日のように劉備を側に呼ぶようになったのでした。

これを気に入らなかったのが曹操でした。
曹操は帝を狩りに招きました。
しかし、献帝はなかなか獲物を射止められません。
それを見ていた曹操が帝の弓を奪ってその獲物を射止めたのです。
これは帝に対しての侮辱でした。
関羽が咄嗟に曹操に向かって剣を抜きかけますが、それを劉備が止め、その場は収まるのでした。

曹操の横暴な振るまいに危機を感じ始めた帝は妻の叔父である董承に曹操を討つよう密書を送ります。
董承は早速西涼の太守の馬騰をはじめ、信用できる人物達と曹操打倒の連判状を作成し始めました。
そして狩りでの一件で曹操に不信感を抱き始めた劉備もその連判状に署名するのです。

次の日から劉備は畑仕事を始めました。
これは自分の野心を曹操の目からごまかすための演技だったのです。
しかし、すぐに曹操から話があると呼び出しがかかります。
劉備は連判状の件がバレたのではないかと心配しつつ、曹操の元に向かうのでした・・・。

いよいよ曹操対劉備の絵ができてきました。
いつまでも仲良くしてたんでは『三国』になりませんからね。
次回は曹操に呼び出された劉備、さて曹操の話とは・・・?

■連判状のことが即バレで問い詰められる。
■ただ呼んだだけ・・・で世間話。
■なにげに愛の告白を受ける(*/∇\*)キャ
しかし、いきなり畑仕事なんかしだしたら余計アヤシイ・・・。

第26話へ飛ぶ
26~30に飛ぶ
スポンサーサイト




[ 2005/11/15 13:08 ] 三国志21~30 | TB(0) | CM(2)
そうなんです、帝はもう曹操に完全に権力を握られていたのです。
朝廷の重要な地位には曹操の部下がほとんどを占め、朝廷の決め事はまず曹操に報告してから帝に報告。
といっても曹操が全てを決定。
帝なんて名前だけでおそらく決定権さえなかったでしょう。
献帝は狩りの一件だけじゃなく、そんな待遇にも嫌気がさしてたのではないでしょうか。
そんな献帝を見てて、帝おいたわしや・・・と思った人々が連判状に署名したんではないかしら?
[ 2005/11/15 21:35 ] [ 編集 ]
帝が曹操を気に入らなくなったのなら
降格させればよいだけの話では?
帝より曹操のほうが偉かったのかな?

いきなり畑仕事は非常ーにアヤシイと思います。
おそらく気づかれた。
[ 2005/11/15 21:15 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

プロフィール
広告
ブログ内検索
訪問ありがとう

ブロとも申請フォーム