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三国志20 袁公路討伐の巻 

曹操は早速帝に上奏し、孫策を会稽の太守に封じて袁術討伐の軍を出すように詔を出させます。
そこで孫策も孫策軍は南から北上するから、曹操には北から南征してきてもらい、南北から挟み撃ちにするように頼みます。
曹操は呂布と劉備にも軍を出すように使者を出し、四方から計三十万の大軍で袁術軍を取り囲みます。

しかし、袁術は城に立て籠もったまま一歩も討って出てこようとはしませんでした。
持久戦に持ち込み、曹操軍が疲弊したところでこれを討つ・・・袁術はそう考えていたのです。
この作戦は功を奏し、曹操軍は兵の疲労だけでなく、兵糧がどんどん乏しくなり、兵たちの間から不満が出始めてきました。
兵糧は遠征軍の弱点だったのです。

そこで曹操はいつも食事の量を測る枡を一回り小さくしました。
当然兵たちの間には不満が高まります。
すると曹操は兵糧を管理する兵糧倉官に
「お前の妻子の面倒は一生この曹操が見てやる。我が軍の統制のために死んでくれ。」
と殺してしまいます。
そしてその首をさらし、そいつが食糧をごまかしていたと兵たちの曹操への不満をそらすことに成功するのです。

しかし、少しの間ごまかせたところで兵糧が足りないことにはちがいありません。
曹操はこれ以上長引かせることはできないと、総攻撃して三日以内に城を落とすように命じます。
しかし袁術側の反撃に兵たちはなかなか前へ進めません。
そこで曹操が自ら危険をかえりみず先陣をきって城に攻め入り、その姿を見た兵たちの士気も盛り上がり、ついで呂布・劉備軍もなだれ込んできたため、大乱戦となりました。
ほどなく、城は陥ちましたが、袁術は逃げてしまいました。
本来なら追い討ちをかけるところですが、なんといっても兵糧が少ない曹操、とりあえず兵をひきあげることにします。
そして劉備に小沛へ戻るように言います。
いずれ呂布を討つには劉備に小沛にいてもらった方がいいと考えたのです。
こうして劉備はまた小沛に戻ることになりました。
しかし、すぐまた小沛を追われることになるのです。

曹操は残酷ですが、曹操に限らず三国志には多くのものを守るために一人の命を厭わない・・・という出来事が多く出てきます。
その残酷さも上にたつ者にとっては必要な資質の一つなのかもしれません。

今回の話を読んで一番疑問に思ったことは?

■やはり曹操はまちがっている。命より大事なものなんてあるのか!
■劉備が小沛に戻るのに呂布は何も言わないのか?(曹操が呂布をうまくいいくるめた・・・ラシイ)
■孫策どこいった??(どうやら孫策の到着を待たずに曹操は攻撃を仕掛けたようです。)

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[ 2005/11/11 10:31 ] 三国志11~20 | TB(1) | CM(2)
さすがいたおさんは名前だけで強さが分かるのですね。
袁術はもうちょっとだけ長生きするみたいです。

攻城戦は確かにやっかいそうですね。
ゲーセンにある三国志大戦でも城を破るのに時間がかかって敵にやられてました・・・。
[ 2005/11/11 21:51 ] [ 編集 ]
袁術討伐軍の顔ぶれと兵力からみて瞬殺されるかと
思っていたのですが、予想外に善戦しましたね。

ゲームでも攻城戦はたしかに厄介です。
兵が多すぎても門を壊しにかかれるのは数部隊だけ。
残りの兵は待ってても兵糧を消耗するだけだからと
無理によじ登ろうとすると石を落とされる。
全く攻城戦はろくなもんじゃありません。

多くのものを守るために一人の命を犠牲にする
戦場ならそういうことも必要なのでしょう。でも。
曹操は自分の上司にしたくない人ナンバー1ですね。
[ 2005/11/11 21:18 ] [ 編集 ]
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私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
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