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簡単三国志2 黄巾の乱と劉玄徳の巻 

今から約1800年くらい前の中国、漢王朝の時代。
宦官(帝の奥さんたちに悪いことをしないようにアソコをどうにかしちゃった人たちのことです。)による政治の腐敗が極限に達し、人々は重税と連日の日照りと凶作が重なって苦しんでいました。

そして184年、漢王朝打倒を旗印に黄巾の乱が起こりました。
しかし反乱はいつしか略奪強盗の暴徒と化し、人々をますます苦しめていたのです。
この暴徒たちは黄色い布(巾)を頭に巻いていたことから黄巾賊と呼ばれました。

まさに踏んだり蹴ったりですね。
しかしこんなときにこそ歴史に名を残す英雄が現れるものです。
三国志の主要人物の一人である劉備(字は玄徳)です。
劉は姓、備は親がつけた名前、そして当時の中国の人は名前で呼ぶのは親や目上の人ばかりで(なんでも名を知られると呪いに使われるとか・・・親からもらった名前を気安く呼んではいけないとか・・・。)年頃になると自分で字(あざな)という呼び名をつけたのです。
よって、劉備か、劉玄徳と呼ぶのが一般的です。
その劉備、外見をこのように記されています。

両耳が肩までたれていて、自分の目で耳を見ることができる。
腕は膝の下まで伸びている。

想像してみてください。
まるで化け物です。
でも当時の中国の人はこのように人間離れして表現されることを好んだといいます。
変なの。

しかも劉備はこの時点でとても貧乏で、筵売り、あるいは草鞋(わらじ)売りであったとされています。
その上そんなに強くもありません。
でも、魏・呉・蜀のうちの蜀の初代皇帝になる人なのです。
どうして貧乏人から皇帝にまでなれたのか興味がわきませんか?
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今回は長くなってしまったのでこれで終わりです。
次回は第三回 桃園の誓いです。
この桃園結義こそ、劉備の皇帝への道の第一歩です。
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[ 2005/10/28 00:04 ] 三国志1~10 | TB(0) | CM(3)
こんにちは。。サイトの三国志の小説の内容を読ませていただきその膨大な量を伺いますとその三国志に対する熱い思いが伝わってくるようで嬉しいですww 劉備の外見についてお話します。日本人は外見が普通といううか周りと変わりない人を好みます。しかし、中国人は偉人は常に他人と違うところがあったなどの誇張が大変好きです。というか現代中国においても誇張が大好きな民族です。知人や友達もみんな誇張して自慢しあって話すことでコミュニケーションなのです。日本だと袋叩きにあいますが・・・www あと耳タブが太くてたれてるほうが今も大変喜ばれます。富貴になれるとされているのです。この情報は確かです by日本で育った中国人ww
[ 2007/05/28 21:25 ] [ 編集 ]
こんにちは、かずさん
ご訪問ありがとうございます。
過去記事は自分で読んでいても驚く程誤字脱字があったりして見苦しいものですが、もし見つけたらこっそり教えてください(^-^;
ストーリーの方はだいぶ省略したところもありますが(特に冒頭)話が分かってくるとゲームの方もよりいっそう楽しくなると思います^^
[ 2006/11/30 10:53 ] [ 編集 ]
はじめまして。

コーエーのテレビゲーム真・三國無双でしか三国志を知らず
作中で出てくる「私の名は劉備、字は玄徳」の意味(それぞれの関係性)が
分からず検索してたどり着きました。
親がつけてくれた名前と、自分で名乗った名前なんですね。

簡単三国志は面白そうで、ゆっくり読ませていただきます。
[ 2006/11/29 09:42 ] [ 編集 ]
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私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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