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封神演義と太公望 

封神演義はご存知の方も多いでしょう。
もちろん原作じゃなくて、少年ジャンプで連載されてた方です。
実家に帰った時にあったんですよ、コミック全23巻・・・(だったかな?)
もちろん読破です(T▽T)アハハ

封神演義の原作は読んだことがないのですが、演義ですから三国志と同じでフィクションでしょう。
ただ三国志と違うのは人間界と仙人界の話で明らかにこれは史実ではありえない・・・というのが分かってしまう点です。
ただ、実際の歴史の部分も入ってるのでこれを読むと太公望について知りたくなってしまうのが人間のサガってやつです。

そこでやはり宮城谷さんの太公望(上・中・下)読んでみました。



(↑唯一画像が見つかった楽天)

ちなみに時代からいうと
夏(中国最初の王朝)

商(歴史では殷と習ったような・・・。)

西周(春秋時代の周は東周というらしい。)

春秋・戦国(関羽の愛読書・・・『春秋』)

秦(始皇帝)

漢(項羽と劉邦の戦いで劉邦が建てた王朝)

三国(ぃぇ━━ヽ(*゚Д゚)人(゚Д゚*)ノ━━ぃ)

この商を倒して周を建てる文王・武王を補佐したのが太公望というわけです。
三国志の三顧の礼のところで、周の文王でさえ太公望を配下にするために彼の釣りが終わるまでずっと待ち続けたんだぞ・・・と劉備が言うシーンがあったような・・・。

この望という少年は羊を飼って生活する平和な族だったのに、ある日商(殷)の受王(肘王)に父親や一族を殺されてしまい、受王討伐を誓うところから始まります。
兵も組織も持たないただの少年が商を倒し、周王朝を建てる・・・
それだけで気になるでしょ??

ちなみに漫画では美女妲己に肘王が誘惑の術をかけられて悪政を行ってしまう・・・という話でしたが、ここでは妲己は悪者ではなさそうです。
でも後世の人が見たら妲己=悪女みたいな図式が成り立つように書かれています。

そしてこの太公望はいろいろ名前があるようです。
呂望・呂尚・姜子牙・師尚父・・・漫画では望ちゃんでした。
というのも、姓は姜、氏は呂、名は尚または望、字は子牙といろいろあるらしい。
太公望というのは文王の祖父の大公がいずれ周を救う賢人が現れると望んでいたことからそう呼ばれるようになったそうです。
なんせややこしいから統一してほしいゎ。。。

宮城谷さんは太公望が出てくる作品がほかに二作あるらしい。
商側からの『王家の風日』、周側の別の面から『甘トウの人』。
機会があったら読んでみたいです。
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[ 2006/05/14 02:06 ] 歴史系テレビ・本 | TB(0) | CM(2)
文王には100人も子どもがいたんですか・・・。
どうりで子どもが多いと思った。
そしてなんで文王の故事から岐阜という名前が出てきたのでしょう??それも気になります。
太公望=釣り名人も何故か分かりません。
太公望の釣り糸には鈎針がなく、ただ糸をつるしてたとか、釣ろうとしてたのは魚じゃなくて文王だったとかいろいろ書いてありましたが。。。
結局私も詳しく知らないのです・・・スミマセン(-_-;)
[ 2006/05/20 23:30 ] [ 編集 ]
「太公望」についてはまったく知識がありません。封神演義の姫昌(文王)は、子供が100人!!いたってきいたことがある。あ、それと周の文王の故事から信長が岐阜と命名したってことぐらいですか・・(関係ないですね)太公望=釣り名人ってのは何故なんでしょう?また色々教えてください。
[ 2006/05/19 16:53 ] [ 編集 ]
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三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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