FC2ブログ

三国志64 周公瑾の思惑の巻 

翌日は出陣式でした。
厳しい軍令が発表される中、周瑜は副都督の程普がいないことに気づきます。
父は病気だからとその代わりに程普の息子が出席していました。
すると周瑜は皆の前で、程老将軍は具合が悪くても代わりに息子に出席させるとは軍令を守る武人の手本だと誉め称えます。
でも実は程普は仮病だったのです。
孫堅時代からの呉の重臣の中には若い周瑜に対する反感があったのでした。
しかし、息子からの報告を聞いた程普は自分のした行いを恥じ、自ら周瑜の元に向かい深く謝罪します。
周瑜はそれを暖かく迎えて逆にへりくだり、程普の心をつかんだのです。

出陣式の後、諸葛瑾は孔明を訪ねていました。
長く離れていた兄弟ですが、今回孔明は私的な用事で呉へ来ているわけではなかったので兄の諸葛瑾を訪ねることを控えていたのでした。
二人は素直に再会を喜びます。
挨拶が終わると諸葛瑾はおもむろに仲の良い兄弟の故事を持ち出します。
そして自分達は同じ母親に生まれながらいつも離れ離れであるのは悲しいことだと思わないか・・・と話をきりだします。
その話に諸葛瑾の来訪の目的を察した孔明は、兄上が江東を離れて私と共に劉皇叔(劉備)に仕えてくれれば一緒にいることができるのだが・・・と逆に誘って兄の話の矛先を変えてしまうのでした。

諸葛瑾からの報告を受けた周瑜は自分でなんとかしようと考えます。
周瑜は孔明に、官渡の戦いで曹操が勝ったのは兵糧基地を狙ったからだ、今回もそれにならい一千の兵を与えるから曹操軍の兵糧基地を攻めてもらいたい・・・と持ちかけます。
孔明は快諾し、一旦去ります。
実は周瑜は寡兵で曹操を攻めさせて孔明を亡き者にしようと考えたのです。

それを知った魯粛は慌てて孔明の様子を探りにいきます。
すると孔明は自分は水戦・陸戦・戦車戦・騎馬戦いずれも心得ているから問題ないが、江東の詩にもあるように関を守るに魯粛、水戦ならば周瑜、お二人にはそれぞれ得意な分野があるがそれ以外の・・・例えば今回の陸戦などはとても無理でしょうな・・・というのです。
その話を聞いた周瑜は怒り、自分が自ら攻めて陸戦にも長けているところを見せてやるっ!といきまくのでした。
孔明は兵糧攻めを口実に自分を始末しようとする周瑜の本意を見抜いていたのです。
それで魯粛が周瑜に報告することを想定して、わざと周瑜を怒らせて難を逃れたのでした。

まだまだいろいろ起こります。
私は孔明が呉にいる間の話が三国演義の中でも一番おもしろくて好きかもしれません・・・。

今回の話の中で『(‥ )ン?』と思ったのはどっち?
◆そんで諸葛瑾は寝返らないのかぃ?
◆孔明が騎馬戦??
孔明が馬に乗って戦う姿が想像できないのですけど。。。

65話へ飛ぶ
スポンサーサイト




[ 2006/01/26 21:23 ] 三国志61~70 | TB(0) | CM(8)
;;;;(;・・)ゞウーン
諸葛瑾は話の持っていき方がチョー下手だけど、弟思いの優しい兄・・・ってとこですね^^
臥龍と言われる程の弟を持ったというだけでもいろいろな苦労があったでしょうに、それでも弟のことをそんな風に言えるなんてある意味彼は器がデカイのかも。。。
[ 2006/01/31 15:58 ] [ 編集 ]
↑の「諸葛瑾はおもむろに仲の良い兄弟の故事を・・・」のところ、
横山三国志ではかなり「唐突」なのです。
「ところで、この故事のことをどう思う」って
意図が見え見えじゃん!!って感じなのです。
ま、でも、説得に失敗して帰るとき、
孔明の泊まっている宿を振り返って
ひとり、「ああ偉い弟だ」とつぶやくあたりも含めて
諸葛瑾の誠実さが描かれていて好きなんですよ・・・。
[ 2006/01/29 20:32 ] [ 編集 ]
>derskeさん
孔明が現代にいたら・・・どうなっていたでしょうねぇ・・・。
やっぱ誰かが三顧の礼をして政治の世界に関わっていたでしょうか??
そういや孔明が日本の幕末に生まれ変わったという話を聞いたことがあるのですが・・・。

>いたおさん
実際の周瑜はやられっぱなしではなかったと思うんですけど。。。物語ですからw
魯粛とはいいところに目をつけましたね?w
孔明と周瑜の板ばさみ、そして孔明の思うがままに翻弄される・・・母性本能で好感度UPですw

>あなろぐさん
更新頻度は結構穴だらけなんですよー(汗)
上のカレンダーのところを見ると分かりますが・・・。
甘寧出てきますよー。
確か初戦の先鋒です。
三国志大戦で初めてのカードが彼でお気に入りでしたw

>いっしーさん
知ってる方が読むと先が想像ついちゃいますもんね。
チョウセンとは貂蝉の??
董卓のところですか?

>みやかみさん
コメントありがとうございます♪
三国志にはいろいろな話がありますね^^
正史系、演義系、作家さんによっても全然違うのでいろいろ楽しめるのが三国志のスバラシイところだと思います。
諸葛瑾は孫権(呉)に恩があって忠誠を誓っており、孫権もそんな彼のことを重用していたようですね。
[ 2006/01/27 13:14 ] [ 編集 ]
ちょっと興ざめするようで申し訳ないですが、、、
諸葛兄弟の話はもともと次のようなものです。
まず孫権が諸葛瑾に「君は孔明の実兄なのだから孔明を説いて呉に留まらせよ」と要請しました。これに対し諸葛瑾は「孔明はすでに劉備の家臣になったのだから無理です。それは私があなたを裏切らないのと同じことなのです。」と返したのです。また公私を峻別して、公の場以外ではいっさい会うことはなかったとも記されています。かくの如く諸葛瑾は立派だったので、孫権も大いに認め、信頼していたという話なのです。
[ 2006/01/27 12:14 ] [ 編集 ]
先入観なしに読むとドキドキしますねf^_^;あとはチョウセンの離間の計のところかなあ。。
[ 2006/01/27 08:50 ] [ 編集 ]
あちゃさん、演儀では、水戦で「甘寧」という水賊の頭は
出てきませんか?この人物がとても好きなんですけれど

この辺の話も演儀は違いますね周瑜は演儀では、イマイチ際立ってないですね。逆に面白いです。

[ 2006/01/27 04:06 ] [ 編集 ]
孔明にしてやれっぱなしではないですか。
ゲームの知力の差は僅かなはずなのに
やはりゲームと史実では違うのかな。

なぜか最近ちょっと魯粛が好きになってきました。
[ 2006/01/27 01:14 ] [ 編集 ]
さっそく、ありがとうございます。
まだまだ、未熟ですが、今後ともよろしくお願いします。

諸葛亮孔明、この人がもし現代にいたら
世の中どうなっていたでしょう。
中国の底力、恐ろしいほどですね。
[ 2006/01/26 18:07 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

プロフィール
広告
ブログ内検索
訪問ありがとう

ブロとも申請フォーム