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三国志82 東南の風の巻 

七星壇で孔明は兵達にこれからの祈りは道法に則ったものであるから所定の位置から動いたり無駄口をたたいたりすることのないようにと厳しく命令していました。

その頃魯粛は周瑜に孔明が祈りを始めたことを報告していました。
周瑜はしばらく考えてから、祈って風が吹くと思うか?と魯粛に問い返します。
彼は不安だったのです。
本当に祈って風が吹くのだろうかと。。。
しかしここまで来てしまったらあとは孔明に頼るしかないのでした。

そして黄蓋は曹操に降る(ふりをする)為の準備をしていました。
早舟20艘の舳先には大釘を打ち込み、船底には燃えやすい葦や柴を積み油をふりかけ、さらに硫黄、煙硝などの引火しやすいものを混ぜます。
どの船にも青い布を被せ、曹操と決めた目印として船頭には青龍の旗を立て、船尾には自分達が乗るための早舟を繋ぎました。

他の呉の水軍も船に武器を積み、直ぐに戦闘態勢に入れるように今やおそしと待っていました。
準備は万端整っていました。

しかし風はなかなか吹きませんでした。
将兵達が風が吹かなければ全てが水の泡だと騒ぎ始めました。
周瑜はそれを黙らせます。
しかし一番不安になっていたのは周瑜だったに違いありません。

呉の全軍がじっと風を吹くのを待っていました。
周瑜は食事も喉を通りません。
ただ時間だけが過ぎていくのです。

周瑜は次第にイライラしてきました。
孔明を信じた自分がまちがっていた、真冬に東南の風など吹くものか、とつい愚痴ります。
魯粛は慌てて、孔明先生を信じてせっかくここまで来たのです、もう少し待ってみましょうとたしなめます。
そこへ風が吹いてきました。
周瑜達が慌てて外に出て確かめるとまちがいなく東南の大風です。
周瑜は歓喜しました。
勝利をもたらす風だ!と皆大喜びです。
しかし、周瑜はふと立ち止まりました。
孔明は天地創造の法を自在に操り、鬼神もしのぐ妖術の使い手だ、こんな化け物を生かしておいては我が軍に百害をもたらすに違いない・・・と。
そしてすぐに100人ずつ水陸両路から南屏山の七星壇に登り孔明を斬って首を持ってくるように言いつけます。
魯粛が慌てて止めますが、周瑜自身は曹軍出撃のためにそのまま行ってしまうのでした。

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[ 2006/04/26 16:51 ] 三国志81~90 | TB(1) | CM(12)

雍正王朝 

『シティーハンター』とそれに関するワードで検索してここを訪れてくださる方がちらほらいます。
たったあれだけの記事なのに・・・。
なのに『康煕王朝』でのアクセスがほとんどありません。
しかし私は負けません。
例え検索して来てくれる人がいなくても懲りずに『雍正王朝』も書きますとも。

『雍正王朝』のレビューに陳道明の『康煕王朝』の後では物足りないと書かれていましたが、そんなことはありません。
なんだかんだいってもう10話です。
しかし登場する皇子が多い。
『康煕王朝』で最後の方に第19皇子が病気だ・・・というシーンがあったのできっとそれ以上はいたことでしょう。
でも主な皇子は二人くらいでした。
それが今回は
第1、第2(皇太子)第3、第4(雍正帝)
5、6、7がいないのかあまり出てこなくて
第8、9、10
11、12がまたいなくて
第13、14・・・
しかも『康煕王朝』では皇子の名前をインロンとかカタカナ表記してくれていたのです。
しかし『雍正王朝』では胤礽とか漢字表記。
胤とか胤祀とかみんな似たような名前で読めないやら分かりづらいやら・・・。
さらに『雍正王朝』では父皇も陛下も陛下と訳されています。
みんな同じ格好してるので皇子なのか大臣なのか分からない時、よーく聞くと父皇と言っているので皇子だということがやっと分かります。

前回の『康煕王朝 その3』の記事でいたおさんが唐国強さんについてコメントくださいました。
なので画像をアップ

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ちょっと画像がなかったのでわかりづらいのですが、右上の孔明役の方です。
(ちなみに三国志ファンの方のために左上が曹操。その下が劉備。その隣が周瑜。劉備の下が関羽。その隣が張飛。一番下は・・・分かりません。誰だ?これ・・・。)

ちなみに今回の『雍正王朝』はこちら

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わかりづらいですが、かなり太ったようです。
役作りなのでしょうか。
貫禄を出すため?
でも前回の孔明役だってすらっと長身の孔明のイメージそのままだったのに迫力ありました。
陳道明の康煕帝だって細い皇帝でしたが、かなーり迫力ありましたとも。
今回の雍正帝(まだ皇子だけど)は孔明の時とはなんだか顔の幅が断然違います。
前の方が良かったなぁ・・・( ̄o ̄;)ボソッ

でもおもしろいです。
ただ、一つ失敗してしまいました。
どうも途中で話がなんかおかしい・・・と思っていたら!
『康煕王朝』の時はオープニングを飛ばして見ていたのです。
それで問題なかったのですが、『雍正王朝』はオープニングの後、本編が少し入っていてそれまで飛ばしていたようです。
おかげでまた最初から飛ばしたところをチェックするはめになりました。
やけに短いと思ったゎ。

まだまだ書きたいのですが、やたら長くなってきたので今回はここまで。。。

康煕王朝 その3 

同じネタで三回もスミマセン・・・。
今の私の最大の関心事です。
でも康煕王朝はこれが最後です。
何故なら見終わってしまったから。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。

48話くらいまではあと少しで終わっちゃう・・・と惜しんで大事に見てたんです。
いつの間にか出演者達に愛着を持ってきてて、この人達のやりとりもこれで終わりか・・・なんて思いながらいつのまにか熱中して一話終わる・・・の繰り返しで。
好きな俳優は?と聞かれたら金城サマでもなく、ジョシュ・ハートネットでもなく、迷わず陳道明!と答えてしまいそうなくらいいつのまにか康煕帝のことが好きになっていました。
それなのに・・・
49話の康煕帝は許せません。
段々自信がついてきて迫力のある皇帝になっていてとても素敵だったのに、これは許せません。
ネタばれしてしまうと、一番自分のことを思ってくれていた奥さんにひどいことをしてしまうのです。
奥さんはつらいことがあると一番身近な人に当たってしまうものだ・・・と理解を示していましたが・・・。
怒りのまま最終話に突入。
あとで理由みたいなのをつけてましたが、結局取り返しのつかないことになり、やっぱり最後まで許せませんでした。
なんかせっかくここまでいい感じできたのに最後で台無しにされた気分です。

さて、康煕王朝を見ている間、ずっと気になっていたことがあります。
それは同じGYAOで放送されている次の雍正帝は誰がなるのかということ。
康煕帝の次の代が雍正帝であることにまちがいないようなのですが、康煕王朝に出てくる皇太子はちょっと後世でドラマ化されるには程遠い人物に思えます。
そりゃ、康煕帝も若い頃から賢かったわけではありませんが、この皇太子は威張ったり、女にうつつをぬかしたり、父皇のいない間にさぼったりとどうもいただけません。
皇太子になりそこねた第一皇子は最初はアホっぽかったものの、段々成長して武勇も発揮し、恋が破れて苦しむシーンなどもあったので私としては好感度アップだったのですが、背景に権力がついていて、これを利用して皇帝になるというのはちょっと話としてどうかなって気もします。
そんなこんなで康煕王朝を見ている間に雍正王朝が気になって詳細をチラ見してしまったのです。

そしたら!!
雍正帝が誰なのかよりももっと重大な事実を発見してしまいました。
雍正帝を演じる俳優さんがあの三国演義で孔明役をやっていた唐国強さんではありませんか!!
(/▽*\)~♪ イヤァン
大変です。
これは見なくては。。。
孔明役の時はお決まりの綸巾、道衣、羽扇という孔明スタイルでの唐国強さんでしたが、雍正帝ってことはやっぱり辮髪なんでしょうか?
孔明の面影は残っているんでしょうか、それとも陳道明さんに秦王の面影がないように別人のようになっちゃってるんでしょうか?
なんせ楽しみです♪

ちなみに康煕王朝は吹き替えでなく、全部中国語に字幕です。(その字幕も時々日本語がまちがっていますが・・・。)
学生時代、中国語を二年程専攻していたにもかかわらず、你好(こんにちは)と再見(さようなら)しか覚えてない私ですが、康煕王朝をずっと見ていたら『陛下』とか『父皇』とか『太子』などの単語を聞き取れるようになりました。
(ちなみに三国志の時は難解で理解しにくいものだから日本語吹き替えに日本語字幕で見ていました・・・)
中国語も勉強できる康煕王朝、ぜひオススメです♪

三国志81 周公瑾の特効薬の巻 

周瑜が病に倒れたと聞いて孔明が見舞いにやってきました。
周瑜が薬を飲んでも全く効かないのだと言うと、孔明は大都督には効果抜群の薬を処方しましょうと笑います。
周瑜が不思議に思うと、孔明は紙に何かを書き、周瑜に見せます。
それにはこう書いてありました。

『曹操に火攻め良し 万事整えど東風を吹く』

それを見た周瑜は孔明が全てを見透かしていることに驚きます。
そして私の病の特効薬がありませんか、国家の存亡にかかわるのです・・・と頼みます。
孔明は少し考えると、三日三晩の東南の大風で足りますか?と聞くのです。
周瑜は三日三晩どころか東南の大風であれば一晩で・・・と言いかけ、その無理な願いに自分で落胆します。
しかし孔明は笑い、東南の大風をお望みなら長江南岸の南屏山(なんぺいざん)に『七星壇』を築いてください、壇の高さは9尺、三層に築いて120名の兵で囲み、私が壇上で祈り天より風を呼んで差し上げましょうというのです。
周瑜が信じられない思いでいると、さらに孔明は11月20日の甲子(きのえね)から11月22日の丙寅(ひのえとら)まで風を呼びます、いかがですか・・・?と続けます。
周瑜はすばらしい!!と叫ぶと寝床から飛び起き、孔明に抱きつき、そして魯粛にすぐに『七星壇』を孔明の指示通りに築くように言うのでした。

208年11月甲子の日の早朝、孔明は道士の衣服を身にまとい、髪を解き、裸足で七星壇に登りました。
天文・地理・気象に精通している孔明はこの時期に風向きが変わることを予知していたのです。
孔明は魯粛に準備してくれた礼を言うと、陣営に戻って出陣の準備をし、風が起こったらすぐに突撃するように言います。
魯粛がそれで陣営に戻ろうとすると孔明は彼を呼び止めます。
孔明は魯粛がいなければ孫劉両家の同盟はならず、そして自分もこの地で何度も助けられ感謝している・・・と礼を言います。
その割には悲しげな顔をしている孔明に対し、魯粛は、どうしたのですか、曹操を倒すのは両家の悲願です、当たり前のことをしただけですよ、と明るく返します。
もし風が吹かなかったらお許しください・・・と孔明が言うと魯粛は私は孔明先生の奇跡をこの目で何度も見てきました、今度もきっと風は吹くでしょう、と明るく笑って行ってしまうのでした。
全ては孔明の計画通りでした。
孔明はこの後趙雲の早舟で江夏に帰る手筈も整えていたのです。
そして魯粛とはこのまま別れることを予想しての挨拶でした。

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82話へ飛ぶ
[ 2006/04/15 00:14 ] 三国志81~90 | TB(0) | CM(6)

三国志80 火攻めに必要な風の巻 

呉の水軍は三江口を出て曹軍と対峙してました。
曹操はまず、連環船でない小さな船で呉軍と戦わせます。
しかし呉の韓当、周秦といった水上戦に長けている呉軍の前にあっけなく負けてしまいます。
次に曹操はとっておきの連環船団を繰り出します。
呉軍は曹軍の連環船に向かって矢を次々に打ちますが、大きな船を繋いだ連環船に矢は届かず、結局撤退するのでした。

呉軍の陣営では戦に敗退した韓当、周秦が周瑜に敗北を詫びていました。
しかし周瑜は戦の勝敗は兵家の常、気にされるなと上機嫌な様子で言うので韓当、周秦は怪訝に思いながらも下がります。
魯粛が大都督(周瑜)はいつも軍法には厳しいのに今日はどうしてあの二人を即許したのかと聞くと周瑜は今回は最初から一勝一敗の必要があったのだと言います。
曹軍が早舟なら我が軍は何がなんでも勝たなければならないが、連環船に対しては決して勝ってはならない、曹操が連環船の優越性を信じない限り、火攻めは使えないからだと説明します。
そこへ大風が吹いてきます。
するとそこにこの風で曹陣営の大旗が折れたという報告が来ます。
周瑜はそれは不吉なことだ、かわいそうに・・・と敵の不幸をわざわざ見に行きます。(性格悪くない?)

しかし、曹陣営を見に行き、呉軍の旗が顔に当たった周瑜はそこで一つのことにようやく気付くのです。
それこそ曹操が言ってた風についてでした。
火攻めに風は不可欠、しかし時は冬、長江に東南風は吹かない。
南岸に布陣する呉軍が北岸の曹軍を火攻めにすれば、その炎は風下にいる自軍を焼き尽くすことになってしまう・・・。
東南の風が吹かない限り、これまでの計が全て無駄になってしまう・・・それに気付いた周瑜は気のあせりが高じ病に倒れてしまうのでした。

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[ 2006/04/11 15:20 ] 三国志71~80 | TB(0) | CM(8)

康煕王朝 その2 

最初に書いた記事はこちら

相変わらず康煕王朝にはまっている私ですが、今回はその続きの話です。
8歳で皇帝となった康煕帝はこの後すぐ青年役の俳優さん(といっても中学生くらい?)に変わりました。
前の幼いかわいい皇帝と違い、この青年帝はあまりにも若くそして浅はか・・・。
その帝ぶりに見ているこっちは(`ω´)イライライライラ・・・・・
しかし浅はかだった青年康煕帝は数々の苦難を乗り越え成長し、やがて己の力でその覇権を手にすることになります。
その頃には何故か母性本能が芽生えて、自分は帝だと威張っている割にはその合間に自分を振り向いてくれない女性を一生懸命口説いている康煕帝がかわいらしく思えていたから不思議。
そんな心ときめくかわいい康煕帝に好意を持てたかと思ったら今度はすぐに成年役の俳優さんになるではありませんか・・・。

最初の印象はなんかおじさん・・・しかも内容がなんだか外交的な話になってしまっておもしろさが急激に冷めてしまい見るのやめようかな・・・と思った程でした。
ところがこの俳優さん、なんとあの『英雄 HERO』で秦王役をやっていた陳道明さんという有名な俳優さんであったらしい。
康煕帝は最初髭もないし、頭も半分坊主だし、全然印象が違うのです。
『英雄』の秦王の画像を検索していくら見てみても本当に別人のよう・・・。
そうこうしているうちにまたまた康煕熱が高まっていきます。

康煕帝は清王朝でも最盛期を築いたと言われていますが、完璧な皇帝ではありません。
確かに賢君ではあるものの、多々失敗もやらかします。
でも大変な勉強家で古今の学問に優れていたとされているようです。
さて、そんな康煕帝が、ある時宮廷の情報が漏れていることで自分のすぐ近くにスパイがいることに気付きます。
すると康煕帝は三国志にも出てきたある行動をとるのです。
さて、その行動とは一体何でしょう?
答えは→
三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
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