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三国志地図 

なんだかバタバタしていて更新さぼり気味です。
リンクの修正が終わったら三国志も再開します、ごめんなさい。

今回は三国志に浸りたいのに物足りない方に(ぇ?いない?)三国志地図を紹介したいと思います。
三国志の本にはよく地図載ってるんですよね。
都市の位置関係が分かったらストーリーも分かりやすいと思うんです。
本当はね、自分で作ってアップしたいんですが、まだまだ私にはそんな知識も技術もありませんので、自分で検索して一番分かりやすいかな・・・と思ったものをご紹介したいと思います。
こちらです。(勝手にリンク貼りました。ごめんなさい。不都合があったらお知らせください。)
その時々の時代に合わせて分かれてるものや、一部を詳しく載せているものなどもありましたが、私が見た感じではここは三国時代であればあまり関係なく有名どころはおさえてあるし、しかもあまり重くないので見やすいのではないと思いましたがいかがでしょうか・・・?
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[ 2006/02/26 01:26 ] 歴史ネタ | TB(0) | CM(5)

三国志71 孔明の十万本の矢の巻 

しばらくすると先ほどの小姓が曹軍の水上塞に着いたと報告に来ました。
船は灯りをともしました。
敵陣の目の前で灯りをともすなんて!と魯粛はさらに慌てて孔明に訴えます。
すると船上の楽隊が太鼓を打ち鳴らし、声を上げ始めました。
軍備もないのに攻撃の合図です。

さて、いきなり外が騒がしくなった曹操、呉の船が攻めてきたとの報告を受けて外に出ます。
しかし外は霧が濃くて呉軍がどれほどの数で攻めてきたのか分かりません。
曹操はこの霧の中では周瑜が伏兵をおいているかもしれないと考え、うかつに攻めず矢だけを射るようにと指示します。

曹操軍から攻撃を受け始めた孔明たちの船はにわかに揺れ始めました。
矢がつきささる音がします。
船の中にいれば安全でしょうが、外に出たらたちまち矢が突きささるでしょう。
卓の上の料理や酒も揺れています。
魯粛は落ち着きません。
曹操が船を出して攻撃してきたらどうするのかと孔明に聞きますが、彼は曹操は霧で迷うのを恐れて決して船を出してこないでしょう、私たちは酒でも飲んで霧が晴れるのを待ちましょう・・・と食事を始め、さらに船を川岸に近づけるように指示します。

船がさらに近づいてきた曹操軍は慌てます。
蔡に代わって曹軍の水軍大都督になった毛カイは水軍を出して迎撃するように曹操に進言しますが、彼はこれは周瑜の『誘兵の計』かもしれない・・・と慎重です。
そしてさらに弓隊を増やすように言うのです。

孔明の船は激しい攻撃を受け、揺れはますます激しくなります。
彼は船を旋回させるように指示しました。

しばらくして霧が晴れてきました。
孔明が外に出てみると、船に積まれたたくさんの藁人形にはたくさんの矢が突き刺さっていました。
一つの船に5、6千本は刺さっており、20艘で10万本は超えるでしょう。
孔明は船を引き上げるように指示し、兵達に
『曹丞相、矢をありがとう!』
と叫ばせました。

魯粛はまさに奇跡だと驚き、しかしどうして今日霧が出ると知っていたのかと聞きます。
孔明は
「先日将帥について話したおり、将たるものが天文に通じず、地理に暗く、陰陽を知らず、身を隠す術なく、兵の勢力を図れぬようではいけない・・・と言いました。あらかじめ今日長江に霧がたちこめることを予想できたので三日目の今日を期限としたのです。公瑾殿は私に10万本の矢を作るように命じたが一人でできるわけがないので私を殺す意図が感じられました。しかし私の寿命は天が決める、公瑾殿ではありません・・・。」
と微笑むのでした。

これが孔明の『十万本の矢』のエピソードです。
まさに『見えない兵』である霧を使ったわけですが、これが火矢だったらどうするのだ??と言った人がいました。
・・・どうするのでしょうねぇ??

■曹軍に火矢を射られて船が燃えかけるが雨が降ってきて鎮火。もちろんそこまで予想済み。
■曹軍に火矢を射られて船が炎上。そしてそのまま曹軍に突っ込み得意の火計。

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[ 2006/02/18 00:51 ] 三国志71~80 | TB(1) | CM(9)

三国志70 魯子敬の災難の巻 

魯粛はその後すぐに孔明を訪れ、どうするのですか、あんな約束をして・・・と訊ねました。
しかし孔明はこうなったのも魯粛のせいだと責めます。
魯粛に周瑜の策略に気付いていたことを口止めしておいたのにそれを周瑜に話してしまった、だから周瑜は自分を害そうとしてこんな無理難題を押し付けたに違いない、10万本の矢など、3日どころか30日あっても作れるわけがない・・・と嘆きます。
そして魯粛に魯粛は江夏で劉備に孔明の命を保証してくれた・・・だからもちろん助けてくれますね??と頼みます。
魯粛は困ってしまいました。

魯粛はしばらく考えると自分も処罰を受けることを覚悟して孔明を逃がすからこのまま劉備のところへ行くようにと言います。
それを聞いた孔明は非常に嬉しそうです。
しかし孔明は、劉備の使命を帯びて呉に来ているからこのまま逃げ帰るわけにはいかない、その代わりに30人ずつの兵士を乗せた船を20艘に太鼓を用意してくれれば充分だ、20艘の船には船体を青い布で被い、藁人形を千体ほど船の両側に並べる、それで3日目には必ず約束通り10万本の矢をお届けしましょう・・・と言うのです。
魯粛は不思議に思いますが、そんなものでいいのなら・・・と孔明の言う通りに用意します。
もちろん孔明はそのことも周瑜には言わないようにと口止めし、今度はさすがに魯粛も黙っているのでした。

三日目の夜に孔明は魯粛を呼び出しました。
魯粛は矢が見当たらないので今日が期限の日だが、矢の用意はできたのかと聞きます。
すると孔明はそれには答えず、自分の船の中に魯粛を誘って酒を酌み交わし始めました。
いつしか船は動き始めていました。

船がどんどん進んでいくので不安に思った魯粛がどこへ行くのかと聞くと孔明は長江の北岸の曹陣営の水上塞までだと言います。
充分な軍備もなく敵軍に近づいては危険です。
魯粛は自分を陥れるつもりですか!とうろたえますが、孔明はにこやかに酒を飲むだけです。
そこへ小姓が霧が出てきたと報告にきました。
孔明は木窓を開けて外を確認します。
魯粛は曹陣営に近づくなどとんでもないっ!私と孔明先生の命のためにも早く船を戻してくださいっとますます取り乱します。
それを聞いた孔明は大笑いし、おおげさな方だ、気持ちが落ち着かないようだから琴でも奏でて差し上げよう・・・と琴を弾き始めるのです。
先生のでたらめな琴など聞きたくありませんっ!!と魯粛はそれどころではありません。
彼はもう死んだ気になって目をつぶっていました。
そして船はどんどん曹陣営に向かって進んでいくのです。


孔明はきっとわざと魯粛が周瑜に話してしまったことを責めて困ったふりをしたにちがいありません。
いじわるですねぇ・・・でもきっとこれもまた魯粛が周瑜にバラしてしまわないようにする為ではないかと思うのですが、どうでしょう??
魯粛をいじめて喜んでいそうな気もしますが・・・。

今回の話で気になるのはどっち?
■やっぱり孔明はSか
■孔明の琴は本当にでたらめか
矢についてはあえて言及しません。。。

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[ 2006/02/17 00:46 ] 三国志61~70 | TB(0) | CM(4)

三国志69 周公瑾の陰謀の巻 

周瑜は幕僚を本陣に集め、軍議を開きました。
そこで周瑜は孔明に、水上での戦いにはどのような武器が一番良いかと尋ねます。
孔明はそれは弓矢であると答えました。
しかし周瑜は今は呉軍の手持ちの矢が少ない・・・できれば孔明に矢を10万本用意してもらえないだろうかと頼むのです。

それを聞いた孔明は少し考え、それは重い任務だが光栄であると承諾し、いつまでに入用かと尋ねます。
周瑜のできれば10日以内に・・・という言葉を聞いた幕僚達はざわめきます。
10万本の矢は数えるだけでも半日かかるでしょう、ましてや10日で用意するとは到底無理な数字なのです。
そんな幕僚達の様子を見て周瑜は、無理ならもう少し期限を延ばしてもよいが・・・と孔明をチラリと見ました。
すると孔明は、曹操が攻めてきている時に10日もかかっていては手遅れになりかねない、三日で用意しましょうと答えるのです。
周瑜はこの機を逃さず、陣中に戯言は許されませんぞ?と念を押します。
魯粛が慌てて孔明にやけになってはいけない・・・と止めます。
周瑜は魯粛を睨みつけながらも、孔明先生は天下の奇才、こんなことでお困りになるわけがない・・・と孔明に辞退させないようにしてしまいます。
孔明もにこやかに笑い、3日で10万本用意できぬ時は軍罰を受けるという誓書まで書いてしまうのでした。

周瑜は上機嫌です。
3日で10万本の矢を用意するなど不可能で孔明の命をとったも同じことです。
しかし、すぐに不安になります。
あの孔明のこと、口からでまかせを言うとは思えません。
そこで魯粛に孔明を見張らせ、後から言い訳ができないように必要なものがあればそろえてやるようにと言うのでした。

どっちを応援する?
■3日以内に10万本の矢を用意しないと処罰される孔明
■まちがいなく板ばさみになるであろうことが予想される魯粛
孔明派の私ですが、ここは魯粛を応援したい・・・。

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[ 2006/02/16 00:42 ] 三国志61~70 | TB(0) | CM(8)

三国志68 群英の会の巻 

周瑜は大いに飲んで酔った振りをし、江東の英雄が並んだ今日の宴を『群英の会』と名づけよう!と上機嫌です。
そして蒋幹は勧められるままその夜は周瑜と寝床を共にしました。

その夜、蒋幹が気が付くと周瑜は隣でぐっすりと眠っていました。
彼が周瑜の部屋を見渡すと、机に書面が積んでありました。
それを見ていた時に曹軍の都督である蔡と張允が曹操を裏切って周瑜へ寝返ることを約束した書面を見つけてしまうのです。
蒋幹は驚きますが、周瑜が起きる前にそれを持って急いで曹操の元へ戻ります。

蒋幹の報告を聞いた曹操は怒って蔡・張允を呼び出します。
二人を無言で睨み付ける曹操。
それに脅える二人・・・。
ふとおもむろに曹操は今すぐ水軍を率いて三江口に向かい呉を叩いてこい・・・と命じます。
すると蔡・張允は水軍はまだ訓練不足で今行くとまた初戦の二の舞です・・・と答えるのです。
それを聞いた曹操は二人の陰謀に確信を得て、二人を打ち首にするように命じます。
しかし、曹操はしばらく考えたかと思うとすぐにそれをやめるように言います。
だが、彼の前には首を斬られた蔡・張允の首が差し出されるのでした。
曹操はすぐに気付いたのです。
これが周瑜の策略であることに。。。

周瑜は自分を説得しにきた蒋幹に逆に偽の手紙を持たせ、水軍の扱いに慣れている蔡・張允を殺すことに成功したのでした。
曹操はすぐにこれに気付きましたが、騙されたことを知られたくなかったので黙っていたといいます。

周瑜は自分の策略でうまいこと蔡・張允を倒せたので上機嫌でした。
しかし、ふと孔明がこれに気付いていたかどうかが気になります。
それで魯粛に様子を探りに行かせるのです。

魯粛が孔明を訪ねると、孔明はこれからこちらから祝いに伺おうと思っていたところだと言います。
何の祝いかと魯粛が不思議に思うと孔明は江東の憂いが払われたでしょう?と微笑むのです。
そう、もちろん孔明は周瑜の策略に気付いていたのでした。
しかし孔明は自分が気付いていたことは周瑜にはくれぐれも言わないように・・・と口止めをします。

しかし魯粛は周瑜に報告してしまいます。
それを聞いた周瑜は何もかも見透かしてしまう孔明はいずれ呉の大敵となる、やはりなんとしても殺さねば・・・とますます殺意をたぎらせるのでした。。。


魯粛が孔明を訪ねた際に孔明は魯粛に将帥の役割について説いています。
『将帥とは兵を率いて武勇に長けているだけではいけません。凡百の将は兵力の大小、勇敢であるかどうかを重んじますが、優秀な将帥とは敵を知り、己を知り、用兵の術に長け、天の時を知り、地の利に明るく、人の心がわかり、建策が的確で兵法を熟知しているものです。
こうした名将は古くは孫子(そんし)、呉子(ごし)、管仲(かんちゅう)、楽毅(がくき・がっき)、今なら曹孟徳と周公瑾でしょう。
しかしあとの二人はまだ道を究めたとは言えない。
兵には見える兵、見えない兵があり、見える兵とはは武器を持って戦うものだが、見えない兵は太陽・月・星・風・雲・水・火・山や川の霊気のような森羅万象の全てが兵となる、これを使えるようになってこそ真の将帥と言えるでしょう・・・』
と。

どっちを使いたい?
■もちろん見える兵。
■見えない兵・・・。

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[ 2006/02/12 01:06 ] 三国志61~70 | TB(0) | CM(7)

三国志67 三江口の戦いの巻 

曹操から周瑜に書面が届きました。
ところがその手紙の差出人が『漢の大丞相』となっていたのです。
周瑜は曹操が漢の丞相を名乗っていることに腹を立て、使者の首をはねてしまいます。
当時、国同士が争っていても使者は斬らないのがしきたりとなっていました。
それなのに使者を斬られて曹操は怒り、とうとう水軍を呉に向けて出陣させたのです。
これが三国志上一番有名な戦いである赤壁の戦いの初戦となります。

呉は先鋒に甘寧をたてて迎え撃ち、三江口(さんこうこう)で両軍は激突します。
しかし慣れない水上での戦いに曹操軍は数の少ない呉の水軍にあっさり負けてしまうのです。

初戦で負けた曹操は川岸に要塞を作り、水軍の訓練を始めました。
川の反対側でそれに気付いた周瑜は小さな船を一艘用意させ、音楽をならしながら曹操の水上塞に近づいたのです。
敵の陣に近付くなどとても危険なことです。
しかし曹操軍の見張りは船が音楽が鳴らしていたため、観光か婚礼の船と思ってしまいました。
それで周瑜は敵の要塞を少人数で堂々を見に行くことができたのです。

そしてその要塞は見事な陣容でかつ機能的でした。
周瑜は水軍都督が蔡と張允であることを聞くと、この二人を倒さない限りこの戦いで勝つことは難しいと悟るのでした。

後から周瑜が偵察に来ていたと報告を受けた曹操は、初戦で自軍の士気をくじき、堂々と偵察に来ていた周瑜をなんとか破らなくては・・・と考えます。
そこで曹操軍の蒋幹(しょうかん)が自分は幼少の頃周瑜と学友であったから自分が江東へ出向いて舌先三寸で周瑜を口説き落とし、降伏させてきましょう・・・と名乗り出ます。
曹操は彼に任せることにしました。

周瑜は蒋幹が来たことを知ると、説得に来たことを悟り、喜んで出迎えながらもしょっぱなから
「しかしどうせ曹操に言われて来たのだろう?」
と蒋幹の矛先をくじきます。
蒋幹が慌ててそれを否定すると周瑜は
「今日は旧友の蒋幹が来てくれた、しかし曹操に言われて来たのではないから皆も決して疑わないように。今日の宴は旧友を暖めるものであるからもし国事を口にする者があれば斬れ!」
と太史慈に剣を渡し、宴の監督役を申し付けるのです。
蒋幹はますます降伏を勧めることができなくなってしまうのでした。

周瑜に降伏を勧めに来た蒋幹。
でもどう見ても周瑜の方が人間が上のようです。
さて、蒋幹の運命やいかに・・・。

■だいたい周瑜を降伏させる・・・ということ自体無理。
■いやいや、わざわざ出てきたからにはなんらかの働きをするのでは?

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[ 2006/02/09 23:58 ] 三国志61~70 | TB(0) | CM(7)

夏姫春秋 

ちょうど一年くらい前ではなかったかと思います。
新聞に宮城谷昌光さんという作家さんが三国志を書き始めた・・・という記事が載っていたのです。
それを読んだ時にある人と、今から三国志書き始めたら一体いつ終わるんかいな・・・という話をしたのです。
それから一年後・・・なんとその話をしてた張本人が宮城谷シリーズにはまってるではないですか・・・。
私は知らなかったのですが、宮城谷さんという方は『重耳』や『太公望』をはじめ、あの孔明が自らを例えたという『管仲』『楽毅』などたくさんの歴史作品を書かれていた大作家先生だったのです。(宮城谷先生、ゴメンナサイ)
そしてその宮城谷ワールドにはまった知人はことあるごとにそのおもしろさを私に語ります。

私は実は人に大変影響されやすいのです。
かといって人に言われたからすぐ飛びつくわけではありません。
少しずつじわじわ・・・と心の中に浸透し、次第に心の中を占め始め、そしていつのまにか手を出してしまうのです。

その手始めがこの『夏姫春秋』です。
とっかかりは夏姫に絡んだ男達が次々と不幸になるというおもしろそうな内容と、『春秋』はあの関羽の愛読書であったという興味からです。

春秋時代は『三国志』よりも前の『項羽と劉邦』よりも前の『秦の始皇帝』よりもずっと前の時代のようです。
その頃は三国どころか、小さな国がたくさんあって、そして君主の力が弱く、臣下の時代が強い時代であったように思います。
だからたとえ君主の子どもであっても、愚君だと臣下に殺されたり強国に攻め込まれたりあるいは中途半端に賢君だと臣下にうざがられたり・・・と油断できません

夏姫はそんな時代の鄭という小さな国の公女として生まれますが、実兄の恋人となり、そしてそれを知った他の男達にも・・・。
そしてその噂を知った父親が醜聞を嫌い、彼女を他国に嫁がせるのですが、それからも美しい夏姫には(と周りの男にも)いろいろ起こります。

夏姫の話というより、その周りの歴史背景が多々出てきますが、これがまたはまります。
いろんな人間のいろんな思惑と政治が絡んでくるのです。

夏姫に関しては息子の話が切ないです。
息子を思う夏姫のせいで逆に不幸になってしまう息子・・・。
さすがの彼女も後悔したことでしょう、でももうちょっとなんとかならんかったのか・・・。

あとは三国志に出てきた故事が出てきました。
楚王が宴を開いているとふいに部屋の明かりが消え真っ暗になりました。
すると楚王の妾の一人が「誰かが自分にいたずらをした、とっさに冠の紐を切ったから明かりがついたら見つけ出して処罰して欲しい」と楚王に頼みます。
しかし楚王は酒を飲ませたのは自分であるからと犯人を見つけるようなことはせず、その場で全員に冠の紐を切らせて犯人が誰か分からないようにするのです。
後に楚王はその犯人に命を助けられることになる・・・という話です。
三国志のどこで出てきたのか忘れましたが・・・。

私がすっかり宮城谷ワールドにとりこまれた頃、私を陥れた張本人はなんと『24』にはまっていました。
まさかまたそれも・・・?(;-_-;)ビクビク
[ 2006/02/08 14:24 ] 歴史系テレビ・本 | TB(0) | CM(5)

サングンを率いて・・・ 

スイマセン、最近三国志はさぼり気味です。
その代わり何をやっているのかというと本を読んでいます。
歴史小説ですが、その本の内容についてはまた後で書くことにして、今回これを読んでいて一つ分かったことがありました。

三国志のDVDを見ていると『サングンを率いて・・・○○せよ!』というシーンがたまにあります。
サングン・・・参軍?三軍?
と思っていたんです。
今回その謎が解けました。

どうやら兵には単位があるようです。
兵500で『旅』。
旅が5つで『師』。つまり兵数は2,500。
師が5つで『軍』。一軍は12,500。
つまり三軍とは37,500の兵?

例えば呉『軍』というからには12,500人以上の兵ということではないでしょうか?
劉備のように兵の数が1,000とかだと軍とは言わず、二旅というのが正しいのかもしれません。
この単位で兵数を数えたり、陣形を作ったりするのでしょう。

でも一応調べてみたら現在でもこの単位は使われているではありませんか。。。
・・・知りませんでした・・・(;´Д`A ```

2007・5・29追記
中国において三軍の三はいっぱいという意味だと下にコメントをいただきました。
つまり三軍というのは全軍という意味ですね。
確かに三軍を率いたのは周瑜大都督でした。
訂正します。


[ 2006/02/05 01:25 ] 歴史ネタ | TB(0) | CM(8)

STOP劉備くん!(との それはなりません) 

マニアにファンが多いらしくて、前から気になる存在ではありました。
でもアタシが仕入れた情報は
・漫画らしい。
・昔の本であまり手に入らないらしい。
・続編と続々編が出ているらしい。
くらいでどんな本かよくわからない。
ネットで検索しても記事は出てきたけど、画像はわからないまま・・・。
今度古本屋行ったら探そう・・・と思っててはいても、チビが二人もいると毎日慌ただしくてそんな暇もない。
行っても彼らがいてはゆっくり探せない。
そんな時にこのブログの右下に古本市場の検索ボックスリンクを貼ったんです。

で、それで検索してみたら・・・
あるではないですか・・・。
『ストップ劉備くん!』icon・・・しかも定価398円のところ、168円・・・安っ!
『続・STOP劉備くん!』iconもあったので一緒に買ってみました。
ちなみに『続続・STOP劉備くん!』iconは品切れ・・・。

早速届いたので読んでみました。
三国志演義のいろんなエピソードを4コマ漫画にしてありました。
これね、初版が15年くらい前の本なんですよ。
その当時の時事ネタもあるので古さも感じます。
15年前っていうとアタシでさえまだ成人してませんけど、でも理解できる程度です。
三国志を知ってる人だったら普通におもしろいと思います。
三国志のあらすじも書いてあるので知らない人でもおもしろいかも。。。
っていうか、そんな凝ったネタがあるわけじゃないんですけど、なんか笑っちゃうんです。
ちょっとオツムの弱い劉備くんをはじめとする三国志キャラのネタが満載です。

あと淑玲(スーリン)とか出てきてね、誰だったかな・・・と思ったら人形劇三国志で出てくる劉備の奥さんなんです。
そういや人形劇三国志では最初奥さん一人なんですよね。
それから貞姫(テイキ)。
これも最初思い出せなかったんだけどね、淑玲が井戸に身を投げて死んだ後、劉備が二人目の奥さんもらうんです。
それが淑玲そっくりということになっています。
演義では孫夫人ですね。

あとあと、『江森三国志』というのがちょくちょく出てくるんですが、これは『私説三国志 天の華・地の風』icon という小説のことなんですけど、これについてアタシが昔書いた記事があるので抜粋します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

時は赤壁戦真っ只中・・・。
呉に同盟の申し込みをしに滞在していた孔明の部屋に、呉の水陸両軍の都督、周瑜がやってきます。
「周喩どの、どうか今宵だけは・・・。」
「どうしたというのだ、いつもは大人しく抱かれるのに・・・。」
(!?)

孔明は幼い頃、董卓の・・・の道具であった。
その証拠の画がなんの因果か、周瑜の手に渡り、それをネタに脅され、毎晩のように・・・。
(オノレ、周瑜、私の孔明様をぉ!!ユルサン!!)。

毎晩の仕打ちに心身共に傷つき、屈辱に耐え切れず、自殺を図る孔明。
しかし死にきれず、シノビに周瑜の元から証拠の画を盗ませます。
それがあっさり周瑜にバレ、今度は痛めつけられた挙句、髪を切られる。
この時代の中国において、それは劉備の元に帰ることができなくなることを意味していた。
そしてとうとう、孔明は劉備に向けた別れの手紙と愛用の羽扇を周瑜に差し出します・・・。

しかし全ては孔明の計だったのだな、これが・・・。
どんな設定でも孔明はやっぱり孔明でした。
そしてどんな状況でも赤壁戦については冷静に献策したりもしてます。

はっきり言って普段はこのテの話はとても頂けません。
でもこれは、孔明を愛してしまった周瑜や、孔明の悲しい心などが切ないです。
しかし、この本、まだまだ結構続くらしい。
一体どんな続き方をしていくのか・・・。
気になる方はご一報を・・・(え?全然気にならない??)

2004・6・13

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
とまぁ、こんな内容の三国志なんですが、これをネタにしたものが結構出てきます。

例えば・・・

一コマ目『乱世の奸雄といわれた曹操はショックだったが』(ショックを受けてるらしき曹操。喜んだんじゃないのか??)

二コマ目『玄徳はもっとショックだった(耳は肩まで届き両腕はひざまである)』
(「そんな人間いるもんか!!」と叫ぶ劉備)

三コマ目『だけどそれも孔明の受けたショックには及ぶまい』
(江森三国志を読んで卒倒する孔明)

四コマ目『しかしその程度でショックを受けてたら仲達があまりにも気の毒だ』
(首が後ろ向きについている司馬仲達。「べつにちっとも気にしてませんよ」とセリフつき。)

・・・
なにげにファンになってしまいそうです♪
しかしどうして三国志ネタを書くとこんなに長くなってしまうんだろう・・・(;´Д`A ```
[ 2006/02/02 00:24 ] 歴史系テレビ・本 | TB(0) | CM(6)
三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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