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三国志30 孤立した劉玄徳の巻 

曹操が大軍で攻めてきたという報告を聞いて、劉備は袁紹に援軍を求めます。
袁紹の部下の田豊(でんぽう)も曹操が劉備討伐のために許都を空にしている今が曹操を倒す絶好の機会だと説きます。
しかし、袁紹は子どもが病気なのが心配で軍を出せないと言うのです

さて、困ったのは劉備です。
袁紹の援軍は期待できなくなりました。
単独で曹操の大軍に立ち向かわなくてはいけません。
そこで張飛が曹操軍が遠征してきて疲れて休んでいる夜を狙おうと夜討ちを思いつき、劉備もそれに賛成します。

その頃曹操軍は小沛の近くまで進軍してきていました。
その時、突風がふいて曹操の『曹』の字のついた大将旗が折れてしまうのです。
曹操は嫌な予感がし、荀に吉凶を占わせました。
すると荀はこれを夜討ちの兆しであると読むのです。

そして夜・・・何も知らない劉備軍が夜討ちを仕掛けます。
ところが曹操軍の陣はもぬけの殻です。
劉備が不安にとりつかれたその瞬間、東から張遼、西から許チョ、南から干禁、北から李典、東南からは徐晃、西南から楽進、東北から夏侯惇、西北からは夏候淵・・・ものの見事に八方から挟み撃ちにあったのです。
劉備は張飛ともはぐれ、逃走。
こうして曹操は勢いにのり、小沛だけでなく一気に徐州城までも手に入れたのでした。

ところがあと一つ、下ヒ城にはまだ関羽が立て籠もっていました。
あの関羽が相手ですから、そう簡単に城が落とせるとは思えません。
しかしあまり長い間許都を留守にしていると今度は袁紹が後ろから攻めてくるかもしれません。
曹操は関羽を投降させることを考えます。
彼は以前から関羽の武術の腕と義に厚い人柄に惚れ、自分の部下にしたいと考えていたのです。
しかし、関羽が簡単に投降するとも思えません。
さて、曹操はどうするのでしょう・・・?
それはまた次回・・・。

やっぱり劉備は簡単に負けてしまいました。
困ったのは劉備の家族を任されて、下ヒ城に立て籠もっている関羽です。
劉備の夫人達がいるので、そう簡単に逃げるわけにもいきません。
まぁ、義に厚い関羽のことですから、逃げるくらいなら城と共に死ぬくらいの気持ちでしょう。
でも自分だったらどうする?
■死を決して最後まで曹操と戦う。
■どうせ勝ち目はないからさっさと曹操に投降する。
■いちかばちか、劉備の夫人達を連れて逃げる。
■夫人達を連れていては足手まといになるから自分だけ逃げる。

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[ 2005/11/19 13:17 ] 三国志21~30 | TB(0) | CM(3)

三国志29 曹孟徳の暗殺を謀るの巻 

董承を覚えていますか?
三国志はなんだか同じ姓やら似たような名前やらでわかりづらいですが、25話で曹操打倒の連判状を作った人物です。
娘の董貴妃が献帝の側室であったため、献帝から曹操を討てとの密書をもらった董承でしたが、なかなか事を成し遂げられないので悩んでいました。
それを董承の主治医であった吉平に気付かれてしまうのです。
董承は最初はとぼけるのですが、吉平が自分を信じて欲しいと自分の小指を噛み千切って誠意を見せるとようやく彼に、献帝から届いた密書と連判状を見せるのでした。
そして吉平もそれに署名します。
そして自分に任せてくれないかと言い出します。
吉平は曹操の主治医でもあったのです。
曹操は頭痛持ちで頭が痛くなる度に吉平を呼んで薬を出させるので、吉平はその中に毒を盛ろうと考えたのです。
董承は喜び、彼に任せることにしました。

ところがその夜、董承の屋敷で事件が起こりました。
下僕の一人が董承の妾に手を出していたことが発覚したのです。
激怒した董承は下僕に棒打ちの刑を与え、空き部屋に閉じ込めました。
ところが、この下僕はその夜のうちに塀を乗り越えて逃走します。
これが後に大変な結果をもたらします。

そして数日後、とうとう曹操に吉平が呼ばれ、薬を調合していました。
するとふと曹操が吉平にその薬を飲んでみろと言い出すではありませんか。
吉平の企みは曹操に露見していたのです。
曹操はそのまま董承の屋敷に乗り込みます。
董承はとぼけますが、曹操は証人だと言って一人の男を連れてきます。
それがあの董承の元下僕だったのです。
董承に恨みを抱いた下僕は董承の屋敷で見聞きしたことを全て曹操に告げてしまったのです。
董承の屋敷からはあの密書と連判状も見つけられてしまいました。

こうして曹操暗殺を企てた董承たちは一人残らず処刑されてしまいました。
それでも曹操の怒りは収まらず、董承の娘で帝の側室であった董貴妃も絞首にしてしまったのです。
彼女は帝の子をお腹に宿し、妊娠五ヶ月の身でありました。
そしてさらに董承らの一族郎党、全てことごとく処刑され、その数七百余人にのぼったとされています。

そして曹操の怒りは連判状に署名していた劉備にも向けられました。
次回は曹操が二十万の大軍を率いて、劉備を攻めてきます。
またまた劉備の大ピンチです。

曹操の残虐なシーンがまた出てきてしまいました。
これは後々の禍根を断つ為だと思うのですが、個人的にはお腹の子どもは助けてあげて欲しかったなと思います。
ただ、その子が大きくなったときに自分の母親が曹操に殺された・・・と知ったらやっぱり恨みを抱いてしまうでしょうね。

献帝から受け取った密書を董承は服に縫い付けてたとか、冠の中に隠していたとかいろいろな説があります。
さて、自分ならどこに隠しますか?
■下着の中
■床下
■手紙の束の中
あなたのへそくりの隠し場所はずばりソコですね?

第30話へ飛ぶ
[ 2005/11/18 11:33 ] 三国志21~30 | TB(0) | CM(5)

三国志28 劉玄徳の危機の巻 

関羽と張飛が車冑を殺したことを知った劉備は愕然とします。
これまで畑仕事をしたり、雷に驚いてみせて曹操を油断させようとしてきたことが無駄になってしまったのです。
しかも劉備軍の準備は万全ではありません。
そんな時に曹操が攻めてきたらひとたまりもないでしょう。
そこで劉備は陳登の紹介で袁紹と顔見知りの人望のある人物を紹介してもらいます。
そしてその人物に袁紹に曹操討伐に軍を出してくれるように手紙を書いてもらったのです。

袁紹は迷いますが、たまたま公孫サン(5話で出てきた劉備の先輩)を倒したばかりということもあって波に乗っていました。
その勢いで顔良・文醜の両名を将軍として三十万の兵を曹操討伐に差し向けたのです。

これが三国志の中でも大きな戦いの一つ、官渡の戦いの始まりとなるわけですが、この顔良たちが曹操軍とぶつかるのはまだまだ先の話。
その前に劉備に危機が迫っていました。
曹操はそれよりもまず車冑を殺した劉備達を倒そうと考えたのです。

曹操はすぐ部下二人に五万の兵を率いて、劉備討伐に出陣させました。
しかし、関羽・張飛の前にこの二人は敵ではなく、すぐに生け捕りにされてしまったのです。
処刑を覚悟した部下達でしたが、意外にも劉備はこの二人をもてなしました。
そして、自分には曹操に謀反を起こす気はない、車冑を討ったのは自分を殺そうとしたからだ、曹操にそう伝えてくれと二人を釈放したのです。

部下たちが負けた上に敵に恩を受け、しかも劉備のことをやたら褒めたものだから曹操は激怒します。
今度は自ら劉備を倒しにいこうとしますが、それでは後ろから袁紹に狙われるという荀の献策に従い、まずは袁紹軍と黄河をはさんで干禁・李典・曹仁らを駐留させるのでした。

一方劉備は曹操の攻撃に備え、自分の家族を下ヒ城に移して関羽に守らせ、徐州城の守備は孫乾らに、自らは張飛と共に小沛に立て籠もりました。
そして戦況は膠着状態のまま時が流れます。
しかしついに次回、許都で事件が起こるのです。

今回はタイトルを劉玄徳の危機とつけましたが、この人はいつだって危機です。
いつも兵力が少なく大敵(ほとんどの場合曹操)に直面して危うい状況にいるような気がします。
またこのタイトルが出てきたらスミマセン。
もし出てきたら・・・

■『劉玄徳の危機 その2 の巻』にする。
■『劉玄徳 今度こそ本当に危機 の巻』にする。
■『劉玄徳 本当に本当に絶対絶命!ヤバイょ、大変! の巻』にする。

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[ 2005/11/17 12:37 ] 三国志21~30 | TB(0) | CM(2)

三国志27 袁公路死すの巻 

皆さん、コンバンハ♪
息切れ長距離ランナーのアタクシですが、ここは一つずつコツコツとゴールに向かって進んでいきたいと思います。
やっぱり大事なのは継続ですね♪

さてさて、劉備は袁紹と合流しようとしている袁術を討つ・・・という名目で曹操に兵を借りてやってきました。
袁術は自ら皇帝を名乗った後、贅沢三昧の酒池肉林に溺れ、そのために重税を課せられた民衆達の生活は苦しくなるばかりでした。
耐え切れなくなった人々は袁術の領土から次々と逃げ出した為、袁術の力が弱り、それで従兄(義兄)の袁紹に助けを求めたのです。
玉璽を譲り、皇位を返上したいという袁術からの手紙を受け取った袁紹はこれを快諾し、袁術は早速袁紹の元を目指して大移動を始めたのです。
これは調度品だけで数百両、その後ろに一族・女官達の乗る馬車や兵士たちの列が延々数百里にも及ぶ前代身門の大行列だったといいます。
劉備はここを攻め、袁術軍は総崩れになり、逃げ出します。
しかし、逃げた先ですぐ兵糧不足になり、人々は餓死、とうとう袁術も血を吐いて死ぬのでした。(あっけない・・・)

劉備は袁術を倒した後、徐州へ向かっていました。
しかし、そこには曹操の部下の車冑もいたのです。
曹操は車冑に劉備を討つようにと密書を送っていました。
しかしそれに気付いた者がいました。
22話に出てきた陳登です。
陳登は劉備より一足先に徐州に着いた関羽・張飛に車冑が劉備を殺そうとしていることを伝えます。
関羽は自分達の率いている軍が曹操から借りた軍であった為、これを使って車冑を討つことを考えます。

城に入るのを夜になるまで待ち、暗くなってから味方の軍だから門を開けるようにと言います。
車冑はあやしみますが、『曹』の字のついた旗を見て、味方だと信じ、門を開けます。
そこから関羽と張飛が攻め込み、あっという間に車冑を殺し、徐州を奪いとることに成功するのです。

関羽・張飛が曹操の部下の車冑を殺してしまったことで、劉備は曹操と対決せざるをえなくなってしまいました。
しかしまだまだ劉備には曹操と戦える力などないのです・・・。

劉備に対するご意見をどうぞ。
■劉備もさっさと覚悟を決めて曹操と戦えばいいのに・・・。
■今戦ったって負けるだけだ。ここは曹操に許しを請うしかない。
■もうこれは・・・逃げるしかないっ!

第28話へ飛ぶ
[ 2005/11/16 21:53 ] 三国志21~30 | TB(0) | CM(3)

三国志26 曹孟徳 英雄を語るの巻 

劉備は連判状のことがバレたのではないかとヒヤヒヤしながらも曹操と酒を飲んでいました。
すると曹操が
「玄徳殿(劉備の字)は久しく各地を見てきた身の上、さぞかし当世の英雄をご存知であろう」
と聞きます。
・・・ここからは会話形式でどうぞ。

劉備「わたくしのような未熟者に英雄が誰かなど見抜く力はございません。」
曹操「世評でもかまわぬ。」
劉備「それなら袁術が自ら皇帝と名乗るほどですから英雄の一人ではないかと・・・。」
曹操「袁術などいずれこの曹操が倒してやる。」
劉備「ならば、袁術の従兄の袁紹はどうでしょう。」
曹操「袁紹など決断力のない小心者よ。英雄でもなんでもない。」
劉備「それならば孫策は・・・?」
曹操「彼はまだまだ親の七光りをかさに来ている子どもだ。」

劉備は次々と英雄の名をあげていきますが、全て曹操に否定されます。

曹操「玄徳殿・・・英雄とは大志を心に抱き、良計を携え、天下を我がものにせんと狙っている者のことだ。」
劉備「・・・・・。」
曹操「それは玄徳殿、貴殿とわたしだ。」

劉備はそう言われた時、動揺して思わず箸を落としてしまいます。
その時ちょうど雷が鳴ります。
劉備は咄嗟に悲鳴をあげ、卓の下に隠れました。

曹操「いかがした?」
劉備「面目ない・・・私は雷が苦手で・・・。」
曹操「・・・・英雄がなんと情けない・・・。」

こうして劉備は気持ちを見抜かれ、動揺して箸を落としたことをなんとかごまかしたのでした。
しかし、このまま曹操の元にいては曹操の目が光っていて何もできない。
そう考えた劉備は袁術が袁紹と合流しようとしてるのを徐州で阻止したい・・・と理由をつけて曹操に軍を借り、許都を抜け出すことに成功するのです。

いつも読んでくださってる皆様、コンバンハ。
さてさて、これを書き始めた頃は30~40話くらいで完結・・・のペースで始めたはずなんですが、そろそろ30が近くなってきたというのに一向に終わる気配がありません。
なんだか40話でも終わらなそうなのは気のせいでしょうか?
あまりにも遠く、先の見えないゴールに最近ちょっと息切れしてきてしまっている毎日です。
こんなアタシに励ましの言葉をお願いします。

■頑張れー!
■ファイトー♪
■よっ!男前!!いやいや、嬉しくナイッテバ・・・。
■目指せ!三国統一!...( = =) マダマダサキハトオイ・・・

第27話へ飛ぶ
[ 2005/11/15 23:59 ] 三国志21~30 | TB(0) | CM(5)
三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
第一話から読む場合はクリック
ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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