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三国志90 要地南郡の巻 

曹操は再起をはかるべく、許昌に戻ることにしました。
荊州を去る際に曹操は南郡の守将の曹仁に、呉軍が攻めてきた場合の敵を防ぐ秘密の策を記して渡し、何かあったらこれを開いて呉に南郡を渡すことのないようにと言い残していきました。

赤壁の戦いで曹軍を打ち破った呉軍はその勢いで南郡攻略を進めていました。
曹軍の敗残兵を自軍に組み入れながらの進軍は向かうところ敵なしの勢いだったのです。
それを聞いた劉備はこのままでは呉に南郡をとられてしまうとあせります。
しかし孔明は南郡は主公のものになるますからご安心を・・・と劉備軍を油江口に移動させただけでした。

劉備が油江口に軍を移したことを聞いた周瑜は劉備も南郡を狙っているということに気付きます。
周瑜は赤壁の戦いで多くの犠牲と莫大な軍費を費やしてやっと曹操を追い払ったその隙に要地である南郡を劉備に横取りされることを恐れました。
それでなくても劉備には孔明が付いているのです。
考えあぐねた末、周瑜は直接劉備に会いに行って話をつけることにしたのです。

周瑜が訪ねてくることは孔明の予想通りでした。
そしてそのための打ち合わせも劉備とできていたのです。
周瑜は単刀直入に油江口に軍を進めたということは南郡をとるつもりなのかと劉備に尋ねます。
すると劉備は大都督(周瑜)が南郡を攻めると聞いたから応援に来たのですが、大都督がとらないのなら私がいただきます・・・ともちろん南郡が欲しいと匂わせます。
すると周瑜は荊州併合は呉の宿願、どうしてそれをとらずにいられましょう・・・と呉としての意思表示をするのです。

両者の間に不穏なムードが流れ始めました。
すると劉備がおもむろに、南郡の曹仁は猛将で曹操もその守りに秘策を残していったと聞く、そう簡単には落とせないのではないかと言い出します。
すると周瑜は、まず最初に呉が南郡を攻め、もしそれで奪い取れなかったら南郡を劉備の自由にしていいと約束します。
赤壁での戦いを考えると呉に優先権があるのは当然。
こうして劉備と周瑜の間でひとまず話がついたのですが・・・。

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[ 2006/08/08 13:22 ] 三国志81~90 | TB(0) | CM(8)

三国志89 大戦のあと 

208年冬、孫権・劉備連合軍は曹操83万の大軍に歴史に残る勝利をおさめました。
戦場は焦げた死体で埋め尽くされていたといいます。
曹操は関羽の情にすがり、南郡に落ち延びることができました。
長く厳しい逃避行の末に生き延びたのはわずか数十騎余でした。
南郡に辿り着いた曹操は郭嘉が生きていればこのような負け戦にはならなかったのに・・・と嘆いたといいます。
郭嘉はこの前年に病で亡くなっていたのでした。

その頃、夏口では赤壁での大勝利に沸きかえっていました。
しかし誓紙を思えば関羽に凱旋の喜びはなく、待ち受けるのは軍法に照らされた処罰のはずでした。

関羽は陣に戻ると曹操を逃がした罪を告白し、死を請いました。
昔の義に溺れ、曹操だけでなく敵将や兵までも逃した関羽にたいして怒った(ふりをした)孔明は関羽に死罪を申し付けました。
それを聞いた張飛と趙雲が慌てて孔明に許しを請います。
他の将兵たちも孔明に跪き、関羽を許してくれるように頭を下げました。
すると劉備が私たちは桃園で生死を共にすると誓っている、雲長(関羽)は軍法を犯したが、自分たちも昔の誓いに背けない、ここは自分に預けてくれたら後日功績で罪を償わせると孔明に頼みます。
劉備にそう言われたら孔明も許さざるをえません。
こうして関羽の首は繋がりました。
このことによって孔明は劉備の一番の腹心である関羽でさえも軍法を犯せば罰せられるということを皆に知らしめ、尚且つ関羽が曹操に対してもっていた恩を返させたのでした。

こうして三国志でもっとも大きな戦いである赤壁の戦いも終りました。
曹操側の完全な大敗で、あたかも曹操が大変な痛手を受けたかのように思われますが、その後曹操が莫大な費用のかかる銅雀台の建設をそのまま進めていたことから、曹操の財力からして致命的な被害とはいえなかったと考えられています。
しかし実際にどの程度の被害であったかは史書に記載されておらず不明なままですが、これにより曹操は荊州の大半を放棄して南下政策が頓挫せざるをえなくなり、天下はいよいよ三つに分かれることになるのでした。

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[ 2006/07/26 13:33 ] 三国志81~90 | TB(0) | CM(5)

三国志88 恩と義の巻 

曹操は脇道を選びました。
部下達は煙が上がっているのは兵がいる証拠、その上何故あえて悪路を選ぶのか?と問うと『孫子の兵法』に『虚なれば実とし、実なればこれを虚とする』とある、諸葛孔明は謀が多いから故意に脇道に煙を立て我が軍を主道に誘導して待ち伏せしているに違いない、自分はその裏をかくのだ・・・と進み始めます。
周りの者はそれを聞くと曹操の深慮にただ感心するのでした。

しかし、この悪路は思っていた以上に険しいものでした。
泥に馬の足がとられ、思うように進めないでいました。
曹操は山があれば切り開き、川があれば橋を渡し、ぬかるみは石を置き葉を敷いて進むのが兵の行軍というものだと兵たちを叱咤激励しながら進ませます。

すると目の前に現れた断崖絶壁。
それを見た曹操はまたまた笑い出します。
ふと笑いをとめて様子を伺いますが、何も起こらないのを見るとまた笑いました。
兵も馬も疲労が限界に達した今、ここで待ち伏せすれば我らを簡単に全滅できたものを・・・そう笑った曹操の目にうつったものは・・・・
やっぱり兵を引き連れた関羽の姿なのでした。
こうなったら死力を尽くして戦うしかない・・・そう覚悟を決めた曹操に部下が言いました。
関羽は傲慢なものには強いが、弱いものには優しい義の男だ、これを利用しない手はない・・・と。
曹操は少し考えると覚悟を決めて関羽に近づいていきました。

久しぶりにあった関羽に曹操が挨拶をすると、関羽は軍師の命を受けてここで丞相を討つべく待っていたのだ・・・と頑なな態度です。
曹操は、昔の恩に免じて見逃してくれないかと率直に頼むと、関羽は確かに丞相には恩を受けたが、顔良、文醜を斬ったことで返したはず・・・とその姿勢を崩しません。
曹操はさらに五関の将を関羽が斬った時も私は追手を送らないばかりか、使者を何度も送って助けた・・・と恩を着せます。
関羽は黙り込んでしまいました。
すると曹操は、では自分はこの首を差し出すから配下の兵達は皆ここまで自分についてきてくれて苦労をかけた、だから彼らだけでも助けて欲しいと泣いて頼みます。
それを見た曹軍の兵たちはみな泣いて跪き関羽に頭を下げるのです。
関羽は黙って下を向くと自軍の兵達に曹軍の包囲を解かせるのでした。

次回、敵将を見逃した関羽の運命は・・・?

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[ 2006/07/23 00:27 ] 三国志81~90 | TB(0) | CM(7)

三国志87 曹孟徳の逃避行の巻 

『常山の趙子龍だ!』
趙雲は名乗ったかと思うとすぐに兵達に矢の雨を降らせ、自ら曹軍に攻めていきました。
相手が趙雲では勝ち目はありません。
曹軍の兵士達は名前を聞いただけで皆すぐに逃げ出しました。
趙雲はそれを追うかと思いきや、その場でそれをただ見つめていました。
彼は関羽と張飛に手柄を譲るつもりだったのです。

曹軍は疲れていました。
赤壁からずっと逃げ通しです。
寒い中激しい雨が降っており、足場も悪く、兵達は飢えと寒さで疲労は極限に達していました。
誰もが疲れ果て暗い顔でしたが、曹操一人、勝敗は兵家の常だと笑って日頃の態度を崩しませんでした。
雨が上がると、追撃を免れた他の武将達と合流し、寒さと空腹で弱っている兵達のために馬を殺し食料としてふるまいました。

しばらく行くとまた分かれ道に来ました。
曹操は許都への近道である葫芦谷(ころこく)を通る南夷陵を通る道を選び、進み始めました。
葫芦谷の地形を見た曹操は再び笑い出します。
ここに兵を埋伏させておけば疲れ果てた我らを大打撃できるのに、それをしないとは周瑜と孔明の知謀もたいしたことないな・・・と笑ったのです。
先ほど曹操がそう笑うやいなや趙雲の伏兵が現れたことを思い出し、皆が浮かない顔をしていると、またしても伏兵が現れます。
『燕人張飛、ここにあり!』
もちろんそれは待ち伏せしていた張飛の軍なのでした。
そして彼らもいきなり攻めかかってきたのです。
曹軍はまたもや慌てて逃げだしました。
こうして曹操は敗走を重ね、追い詰められていったのです。

しばらくするとまた分かれ道に来ました。
主道は平坦な道で、脇道は華容道を通る道幅が狭い悪路でさらに煙が上がっていました。
煙が上がっているのは兵がいる証拠。
さて、曹操はどっちを選ぶのか・・・?

曹操が素晴らしいと思うのはこのシーンです。
大敗して皆が沈んでいる時でもあえて笑顔の曹操。
彼が笑うのは周瑜と孔明を笑っているのではなく、本当は味方のみんな(と自分)を元気づけるためだとしたら・・・?
自分が落ち込んでいたら皆も暗くなってしまう・・・。
彼のそんなところこそ、上にたつものとして必要なものだと思うのですが・・・。

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[ 2006/07/02 01:19 ] 三国志81~90 | TB(0) | CM(11)

三国志86 水上塞の炎上の巻 

こちらに進んでくる黄蓋の船団が次々と燃え始めるのをを見た曹軍は慌て始めました。
曹操は周りの兵達にあの船団を停めるように言いますが、停められるものはいません。
もともと黄蓋の船は燃えやすいように枯れ草に油をかけてあったのであっというまに火は広がります。
そしてその火船は東南の風をうけて勢いを増し、次々と曹軍の船にぶつかっていったのです。
曹操の船団は互いに鎖で繋がれていたため、逃げることもできず、すぐにあたりは一面火の海となりました。

その頃、甘寧はもう一人の偽りの投降者、蔡仲を斬ると曹軍の兵糧基地に火をかけていました。
そのせいで兵糧基地でも水上塞でも曹軍の兵士たちが火を消そうとしていました。
しかしさらにそこを呉軍が攻めたてるのです。
自慢の水上塞が火につつまれ、曹操も必死に火を消すように言いますが、火の勢いは止まりません。
次々と燃える水上塞に呆然としていた曹操でしたが、気がつくと目の前に黄蓋が現れ、襲い掛かってきました。
もうダメかと思ったその瞬間、後ろから現れた張遼の矢が黄蓋の胸をうちぬいたのです。
黄蓋はそのまま倒れ、川に落ちていきました。
曹操はそれを見るとようやく逃げ出しました。
周瑜は曹軍が逃げ出すのを見ると、上陸して追撃し、曹操の首を取ってくるように言います。
そして自らも馬に乗り、曹操を追うのです。
ちなみに黄蓋はその後味方の兵に助けられました。

曹操は分かれ道に来ると、そばにいた張遼にどっちの道が安全かと問います。
ここは烏林を抜けるしかない、と進みだすと前から呉軍の呂蒙が来るではありませんか。
彼は呉軍の中でも有数の猛者です。
張遼は曹操をかばってすぐに彼と打ち合いになりました。
曹操はその隙に逃げ出します。

すると今度は呉軍の凌統が待ち構えていました。
すぐに混戦になりましたが、そこへ徐晃が助けに来たので、彼にそれを任せ曹操はまた逃げ出すことができるのです。

気がつくと曹操の周りには呉軍の追撃を逃れたわずかな兵しか残っていませんでした。
曹操は皆のおかげで自分の命があるのだと、皆をねぎらい、感謝します。
そしてふと、周りの林を見渡すといきなり笑い出しました。
戦に負けたのに大笑いの曹操を誰もが不審に思うと、自分ならここに伏兵を置けば敵将を討ち取れるのに、それをやらぬとは周瑜も孔明も兵法を知らぬ・・・とそう笑ったのでした。
それを聞いた周りの兵たちがつられて笑った途端、その笑顔がひっこみました。
彼らの目にうつったもの、それはいうまでもなく、孔明に指示されて待ち伏せていた趙雲の兵なのでした。

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[ 2006/06/21 23:29 ] 三国志81~90 | TB(0) | CM(7)
三国志


私がここで書いているものは三国志演義を元にした簡単なだいたいのストーリーであり、大幅に省略されています。
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ちゃんとしたものを読みたい方にはこちらをお薦めします。
■三国志演義
■吉川三国志
■北方三国志
■横山三国志(漫画)

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